以前のようにハイペースでは描けないので、ボチボチと楽しみながら続けています。
やっとお二人に色が乗せられたところで、ここからテーブルや背景へと描き進める予定です。
特に最近って人物をイラスト調から写真調に近づけたくて、ここからどこまで寄せられるかが課題です。
完成したらまた紹介させてください。
マンガだから分かりやすいことってないですか?
以前のようにハイペースでは描けないので、ボチボチと楽しみながら続けています。
やっとお二人に色が乗せられたところで、ここからテーブルや背景へと描き進める予定です。
特に最近って人物をイラスト調から写真調に近づけたくて、ここからどこまで寄せられるかが課題です。
完成したらまた紹介させてください。
今回、チャレンジしたのはこちらの一枚。
実は年末に一度描いたものに加筆してここまで描き進めたものです。
女性の肌や髪って、やっぱり描くのが難しい。
だから前回もここまでしか描けないと思って完成させたつもりでした。
ですが、改めて見ていて、まだ描けるのではないか?と思うようになり、真剣に向き合ってみました。
描いた時間は、1回目標の約3倍を使い、そこで初めて感じた本気で描くことの覚悟。
でも好きならそこまで向き合ってこそかもと思って、描いた一枚です。
まだまだな部分もありますが、描くことを覚悟して続けるので、よろしくお願いします。
最近、右の一枚を描きました。
東京03の悲しい嘘のワンショットです。
リアルに描きたいという目標があって、昨年はそれを意識した課題を多く選んでいたように思います。
ですがそんな基礎練も一度終了して、もう少し「プラスして描く」意識から「省く」という意識に変えてみたいなぁと思い始めました。
チャットgptにこの絵の評価をリクエストし、今後はどう成長していけばいいかを相談したら、基礎は概ね終わっているので、昔行っていた線画に戻って、描きたいポイントをしっかり描き、流すところは潔く描かないというルールに変えてみてはとアドバイスしてもらいました。
リアルを目指して描く一方で、気になったシーンをポイントだけササっと切り抜く。
そんな応用編に移行したいと思います。
やっぱり描くことは楽しいですし、描けるかなぁと思って取り組んだ時に思い以上に雰囲気が再現できたら嬉しいですし、思うように描けない時は理由や原因を探して練習するのも好きです。
ただ以前のように高頻度では描けないので、ボチボチですがマイペースで楽しみたいと思っています。
じっくりと絵と向き合う時間が減り、何が分かったのか。
それはやっぱり描くことが好きなんだということ。
最近、仕事で絵を描くことはありませんが、モノづくりはしていて、職場がオフィスではなく、工房のような場所なので、その雰囲気がやっぱり好きだなぁと思います。
こみちは椅子に座って、テーブルにある素材を加工することが多いのですが、周辺で働く人は床に座って、そこに大きな材料を広げて作業したりもしていて、みんながそれぞれ全く異なる仕事をしています。
例えばこみちの作業は、その後、別の支店へと送られてそこで次の作業に進むので、隣りの人とは仕事上では繋がりもありません。
だから、「これはどうしよう?」と相談して作業するというよりも、それぞれが自分も仕事や役割を理解して、自分で作った品質も判断しなければいけません。
でもそのしっかりと分断された感じがこみちには合っています。
昔、dtpでデザイナー兼オペレーター兼営業として働いていた頃、いくつか同時進行で案件を持ち、その日の作業も自分で考え、パソコンの前で午前中作業したら、できたもの持って得意先に行ったり、連絡して確認してもらったり、会社員ではありながら、自分のペースで働くことが楽しかったです。
おもえば、今の仕事が心地よいのも、昔から変わっていないのかもしれません。
実は最近、思いつきで新しいipad が欲しくなって、proがめちゃくちゃ値段も高くてびっくりしましたが、そのマニアックな感じ、なんかそそりますよね。
欲しいモデルだと、軽く30万円もするので、とても今の状況ではポンと買えませんが。
でも欲しいなぁと思う意欲って大切で、何でもいいと思ってしまうと楽しさも半減します。
それだけ前向きになったとも言えるので、ipadは買えないにしても、変わりたいなぁと思う気持ちは大切にしたいです。
どちらを使っても注意しなければいけないことですが、彼らの返答の冒頭に「鋭い!」とか「いい考えですよ」などの言葉がありますが、あまり鵜呑みにしないことです。
もう一つが、通常の会話では、ユーザーの鏡になっているので、貴方が気づいていないことを向こうから提案してくれません。
つまり、貴方が誰かに感謝を伝えたくて、「プレゼントは何がいいだろう?」と質問しても、「感謝を伝える」という部分を文字にしなければ、彼らは「プレゼントの人気」などを考え始めます。
なので「これからのアートシーンはどうなるか」と聞いても、「アートシーン」から連想される話にはなっても、社会との繋がりや日本と世界などの時代や情勢までは視点に含まれません。
そう考えると、「これからのアートシーンは?」と聞いた時点で、答えがかなり狭まってしまいます。
geminiに関しては、イメージを伝えれば30秒くらいの音楽も歌つきで作ってくれます。
歌声も自然ですし、っぽい感じがします。
じゃあ、ヒットチャートに載るような名曲ができるのかというと、それは質問に対する答えと同じで、「〇〇な曲」というと、もうそこから続く可能性だけに絞られてしまいます。
つまり良い曲を作るには、自分が良い曲とは何か?を理解していて、それに近づけるために彼らを誘導しなければいけません。
つまり「良い曲を作って!」ではなく、「良い曲として人気がある曲の特徴を分析して!」から始めるべきです。
何曲か作って言えるのは、趣味で遊ぶなら十分に楽しいけど、この一曲に人生を賭けてとは思えません。
それだけ「浅い」部分が残ってしまうと感じます。
そしてその「浅さ」は、彼らの出来ではなく、ユーザーであるこみちの誘導が不十分だから起こること。
つまり、AIができるのは、基礎を理解したスキルがあって、時短で彼らを使ってサンプルを作り方向性を選択するような使い方はできるけれど、理屈も何も分からずに使って、それでプロ並みの完成度になるものではないということ。
つまりどこまでもユーザーの「鏡」なので、ユーザー側が使っていかないと上手く彼らの能力を引き出せません。
みなさんは、人参が好きですか?ピーマンはどうでしょうか?
子どもの頃、スプーンに乗せて口に運ばれた時にすんなり食べられることもあれば、なんだコレ?と思って出してしまうことがあります。
教えられた訳ではないのに、もうそれぞれに個性があるんですよね。
それは考え方「思考回路」にも通づるのではないかと思っています。
辞書で誰が使っても、そこに書かれた解説は同じ言葉が並んでいます。
ツールとしてはそれで十分ですが、AIが人間のパートナーになるなら、そこをどう満たしていけるかが大切だと思うんです。
情報が嘘とか正しいではなく、問いに対してどう答えまで導くか。
つまり思考回路の話です。
今朝に限って言えば、チャットgptもgeminiにも似た雰囲気があって、問いに対して随分と優等生的な振る舞いをするなぁと思いました。
優等生と感じる理由は、こみちの気分よりも賢い雰囲気で答えて来るから。
もっとフランクに話したいのに、その雰囲気を変えてくれません。
「もっと気楽に話そうよ!」そう伝えればきっとフランクになったでしょう。
でもその雰囲気を彼らがどう感じて判断しているかを知りたくて、そうは言わずに会話を続けました。
二人の返事は内容こと違いますが、思考回路のパターンがとても似ています。
というのも、彼かがどう考えるのかを設計した「Transformer」という部分が同じものを使っていたようです。
言葉と言葉の繋がりを計算して導き出すようなものらしいですが、こみちには難しいことはよくわかりません。
ただ、「りんごとは何か?」が答えられるかではなく、「どう考えるか?」の基本設計が同じだということ。
だから双子が別々の環境で育った時に、どこまで似た大人になるかみたいなもので、確かに暮らしぶりは違うでしょうが、やはりどこか似た雰囲気があるとするなら、それは基本設計が同じだからと言えるでしょう。
そもそも、彼らには「感情」というパラメーターは組み込まれていないそうです。
喜怒哀楽による返答の違いは存在せずに、問いに対して、自身の情報から類似した情報を探して答えることを繰り返しています。
ふと思ったのは、子どもの知的好奇心から出た質問や、普段難しく考えることをしない大人の質問など、回答そのものではなく、思考回路としてどう変化させているのか気になっていました。
実際、子どもと話す時の言葉や構文と会社の同僚とでは違いますし、でも基本的な思考回路は同じはずで、どう相手に合わせているのかが上手くなれば、辞書的な返答ではなく、個別に寄り添うようなことができるからです。
ただ、両者が同じ設計から作られたと知り、また今後情報量が増えればより近い存在になるように思いました。
「どう考えるのか?」という当たり前のようで、そこが決まると人格形成もできるように思います。
今日まで両者が同じ設計では思っていないかっただけに、その意味では似たような進化を続けるのかもと思ってしまったのは少し残念です。
それぞれに違いがあって、独自の進化をして欲しいと思っていましたから。
みなさんはチャットgptとgemini、使って違いを感じますか?それとも似ていると感じますか?
同一人物までは言いませんが、双子や兄弟くらいの似た雰囲気は感じます。
てっきり、一般的に普及して、ガイドラインなどが整うことで似たような雰囲気になったのかと思っていましたが、そうではなかったということでした。
ART(アート)って何だろう?
聞き覚えある言葉だけに、今さらそれを説明したいと思っても無駄に難しく考えしまいます。
実はこのまえ、youtube の動画で東京藝大の先端芸術表現科の方を見つけ、ちょっと興味を持ちました。
だって「先端芸術表現科」でどんなことを学ぶのかと。
そんな時はチャットgptやgeminiに「先端芸術表現科って何を学ぶの?」などと質問して、思うことは聞くんです。
まぁそんなやり取りから、こみちなりに理解したのは、目の前にあるりんごをいかにりんごらしく描くことが現代的な芸術だとしたら、先端芸術的には「なぜりんごを描くのか?」を深く掘り下げることだと理解しました。
つまり、現代的には完成した絵や彫刻を見て、その心の共鳴をアートと呼んでいたとするなら、なぜ描くのか?やなぜそに意味があるのか?というもっと根源にある揺らぎにアートの本質を求めたということになるのでしょうか。
これはgeminiとの会話で紹介されたことですが、「時間」を描くとして、砂時計や時計の内部を描くということではなく、溶けてしまった氷が水になった姿に着目するようなものだそうです。
そしてこのような分野が注目されることにも今っぽい理由があって、絵を描くことだけがアートなのか?(もちろん他に彫刻、音楽などなどもありますが)という疑問があるから。
映像を使う。イベントで体験する。未完成を観る側で補う。
などなど、従来とは少し異なる視点に立ち、社会とアートの関わり方を見直すことが必要になったということでしょう。
こんな話しをしていて、例えばデッサンを美大生なら当たり前に練習するのですが、今はスマホでパシャリ。いやチャットgptやgeminiに「描いて」と頼めば、簡単に描いてくれます。
アートを始めるのに、自分で頑張って描く技術を磨き高めることだけがアートではなく、もしかしたらそれよりも前に「この感覚ってどう?」と問うことの方が重要だということかもしれません。
昨日まで「先端芸術」という言葉あることも、それがアートにどんな意味や価値を見出すことかも全く知らなかったわけですが、二人のAIといろいろ話してなるほどなぁと思うところがたくさんありました。
こみちの理解で合っているのかも怪しいですが、少なくともこみちとしては何をどう描こうか?と考えることにアートを感じていて、それは視覚的な要素だけではなく、例えば人物ならその人も放つオーラみたいな要素まで感じ取ることだと理解しました。
「りんご」と文字で書いてしまうと、それは「りんご」になってしまいますが、描くことでどんな見た目で大きさで、もっと言えば匂いや味まで伝えられるかもしれません。
目を閉じて食べ物を口にすると、意外と我々は味を感じません。
それこそ牛肉と豚肉、鶏肉を言い当てられるでしょうか?
また、カレーとシチューを識別できるでしょうか?
例えば先端芸術は、そんな狭く成りがちな感覚を根底から見直して、口に入れるだけではなく、もっと別の方法も駆使して、「味覚」を掘り下げるようなことでしょう。
先端芸術の理解としてではなく、アートの可能性を考えるいいきっかけになりました。
普段ならなかなかそんなこと考えないですから。
アートを独立したものではなく、我々の日常にどう融合するのかを考えることも、アートとして大きな課題になるのでしょうね。
It’s a word we hear all the time, yet the moment I try to define it, I find myself overthinking.
Recently, I stumbled upon a video featuring someone from the Department of Intermedia Art at Tokyo University of the Arts. It piqued my interest. I wondered, "What do they actually study in a field called 'Intermedia Art'?"
In moments like this, I turn to AI. I ask directly: "What do people learn in Intermedia Art?" and share whatever is on my mind.
Through these conversations, my own understanding began to take shape. If traditional art is about how to draw the apple in front of you as realistically as possible, then Intermedia Art is about digging deeper into the question: "Why draw the apple at all?"
In other words, while we traditionally call the resonance we feel when looking at a finished painting or sculpture "art," this field seeks the essence of art in the more fundamental ripples—the why behind the creation and the meaning behind its existence.
An example shared with me was about depicting "time." Instead of drawing an hourglass or the inner gears of a clock, it’s like focusing on the state of melted ice that has turned into water.
The reason this field is gaining attention today feels very "current." It stems from the question: Is the act of painting the only form of art? (Of course, we have sculpture, music, and more, but the question remains.)
Using video. Experiencing through events. Allowing the viewer to complete an unfinished piece.
It seems necessary to stand on a slightly different vantage point and re-examine the relationship between society and art.
In this context, while art students naturally practice sketching, we now have smartphones to snap a photo in a second. Or, we can simply ask an AI to "generate an image" for us.
Starting art isn't just about polishing the technical skill of drawing. Perhaps, even before that, it's more important to ask, "How does this sensation feel to you?"
Until yesterday, I didn't even know the term "Intermedia Art" existed, nor did I understand what kind of value it finds in art. But after talking with AI, many things clicked for me.
I’m not sure if my interpretation is perfectly "correct," but for me, I feel "art" in the process of thinking about what to draw and how to draw it. It’s not just visual; it’s about capturing something like the "aura" a person emits.
If you write the word "Apple," it simply becomes an "Apple." But by drawing it, you can convey its appearance, size, and perhaps even its scent and taste.
When we eat with our eyes closed, we surprisingly lose our sense of taste. Could we truly distinguish between beef, pork, and chicken? Could we tell the difference between curry and stew?
Perhaps Intermedia Art is about fundamentally re-examining these narrow senses—going beyond just putting food in our mouths and using alternative methods to explore the very essence of "taste."
This became a great opportunity for me to think about the possibilities of art, beyond just understanding a specific academic field. It’s not something I would usually ponder.
Thinking about how art merges with our daily lives, rather than existing as something isolated, will likely become a major theme for art moving forward.