描きたかったシーンを描こう!
今回は特に描きたいと思ったシーンを選んでみました。
ただ、画力が露呈するので、ちょっと自信はありませんが…。
豊本さんが演じるモトコさんに掛かってきた電話が気になって、後ろから忍び寄る角田さんを描きました。
まだまだ細かな部分は描ききれていませんが、雰囲気が伝わっていたら嬉しいです。
今回は特に描きたいと思ったシーンを選んでみました。
ただ、画力が露呈するので、ちょっと自信はありませんが…。
豊本さんが演じるモトコさんに掛かってきた電話が気になって、後ろから忍び寄る角田さんを描きました。
まだまだ細かな部分は描ききれていませんが、雰囲気が伝わっていたら嬉しいです。
ふつう、コントなどのタイトルは、その内容を象徴するようなものから命名させます。
つまり東京03の「誰?」というタイトルのコントでは、誰か誰かに正体を聞きたくなる場面があって、そこに何らかのドラマが潜んでいることになります。
実際、冒頭シーンでは角田さんと豊本さんが二人並んでソファーに腰掛け、豊本さんが演じるモトコちゃんの失恋が根底にあって、不安な気持ちを癒そうとして角田さんが話掛けていたはずです。
今回描いたワンシーンは、角田さんが片手を高く上げて遠くを指さして、「誰〜!」と叫んでいます。
ある意味で、このコントのタイトルが命名された代表的なシーンです。
それ故に笑いがあって、コントとしても大きな盛り上がりになる部分です。
東京03の作るコントは、タイトルから連想されるストーリーとは別角度の「裏設定」があたりします。
その意味では、この「誰?」についても同様で、最後の「オチ」は意外なひと言で終わります。
さらに、この「誰?」では冒頭から繰り返しの「セリフ」が登場し、無意識のうちに視聴者の頭に大きなフリとして認識することでしょう。
話が進むにつれて、その「セリフ」を意識して、ジワジワと笑いを生み出します。
今回、ピックアップしたワンシーンは、コントの冒頭シーンですが、東京03が人気である所以は、仕草の一つひとつがしっかりと演出されていることでしょう。
見ていただいている「絵」ですが、角田さんと豊本さんの役柄はどんな風に見えるでしょうか。
男女だから恋人同士?
でも角田さんの姿勢は少し手すりに寄りかかるようで、親身な間柄には思えません。
しかも、女性役の豊本さんも両手を組んでいて、決してリラックスしているだけではなく、どこか緊張しているようにも見えないでしょうか。
また、膝頭の向きと手の位置に着目しても、角田さんがどこか落ち着かない様子に見えますし、豊本さんは膝頭を角田さんに向けてもいません。
もしもカップルのような関係なら、きっと二人の距離が離れていたとしても、どこか向き合うような空間になることでしょう。
実際、この『誰?』では、角田さんが以前にフラれた経験のある友だちで、豊本さんの家に来ている設定です。
絵を描きながら、東京03の作るコントはストーリーもそうですが、演技という意味でもとても魅力的です。
だからこそ、その雰囲気を感じ取って描いてみたいと思うのです。
場面としては、もっと注目度の高いシーンがあるのですが、絵を描く者としてはあえてこのシーンを選んでみました。
なぜなら、単純に「男女がベンチに腰掛けている」ということではなく、今まで紹介したような設定があって、それに相応しい表情や仕草で彼らは演じているからです。
目標として、描かれた人物が誰なのか分かるということではなく、ある意味で心理のようなものまで感じ取れる絵を描けたらと思っています。
まだまだその域には到達できていませんが、今後もコツコツと描き続けて行きます。
コント「気遣い」は、何か気を利かせて「してあげる」だけではなく、「何もしない」こともある。
東京03のコント「気遣い」では、サラリーマンの先輩と後輩という立場で、後輩役の豊本さんは何かと積極的に先輩の飯塚さんに気を配る。
一方で、もう一人の後輩、角田さんはこれまで表立っては何もしなかった。
「お前、オレに何もしてくれたことがないよな!?」
という飯塚さんに問い詰められて、角田さんが「なんか〜」と語り出し、いつも積極的な豊本さんの行為をいじり出した。
それを見て、飯塚さんも思わず自身の胸に手を当てて、「ドキ!」とあざとさを示す。
コントではとても重要なワンシーン。
今回はそんなシーンを描いてみました。
精密画ではありませんが、コントの雰囲気が少しでも伝わっていたら嬉しいです。
相手を思って、気の利いたことをさり気なくできる人を見ると大人だなぁとかんじます。
例えば、学生時代よりも、社会人になって気づくのは、「気遣い」の質。
「喜ぶ顔が見たい!」という素直な動機ならまだしも、「コレをすれば…」とどこかで自身の評価を見越して行動してしまうこともあるはず。
東京03の人気コント『気遣い』は、後輩の角田さんと豊本さんがまだ会社で残業している先輩の飯塚に会いに行くという設定。
すかさず豊本さんは缶コーヒーを買って、飯塚さんに届けます。
もちろんそんな気遣いに飯塚さんも喜び、ふと何もしない角田さんに「何かしてくれ!」とこれまでの鬱憤が一気に吐き出されます。
ところがあるタイミングで、角田さんが「なんか〜」と言い出します。
そして、そつの無い豊本さんを「お前は良いよなぁ」と意味深な発言をして、そんな行為をどこかで気恥ずかしいと語ります。
そして今回描いたワンシーンへと移ります。
「やってる〜!」
見え見えなことを平気でできる人と、それを見て真似できないと引いてしまう人。
「気遣い」というコントのタイトルの意図が明らかになります。
確かにさり気なくできれば良いのですが、どこかスマートじゃと周りからはアイツ「やってる〜」と思われているのかもしれません。
東京03のコントが好きで、繰り返し何度も見ています。
脚本としての完成度もそうですが、お三方の演技力と個性の調和が絶妙で心地よくていいんです。
今回、選んだこのシーンは、先輩役の飯塚さんが以前から気になっていた後輩角田さんへの気持ちを爆発させた場面。
文字で伝えるという方法もありますが、描いて伝えるという方法もあります。
描いて伝えるためには、それぞれが誰で、手足の動きや表情をどこまで表現出来るのかも重要になるでしょう。
一人の人物が立っているのとは違って、複数名になれば大きさも重要ですし、動きや力感、奥行き感など、省略できないことも少なくありません。
だからこそ、どこまで自身の画力で再現し、それを誰かにお伝えできるかにこだわってしまうのです。
昔、今みたいにデジタルアートではなく、筆で描いていた頃、季節感や時刻をとても上手に表現される憧れの画家がいて、その方のフィルターを通して見える作品は独特の雰囲気にあふれていました。
まぁ、カメラでも厳密に言えば使うレンズメーカーや種類によって、それぞれの個性があるのですが、作風とか画風を自分なりに見つけるまでかなり悩んだ時期と重なり、とても勉強になりました。
「こみちっぽい絵」と言われることに憧れましたし、それはある意味で癖とかタッチから作られたものだと思います。
世の中には上手い絵を描ける人はたくさんいると思うのですが、どこまで雰囲気を伝えられるかは奥が深くて、だからこそずっとこだわりながら描いて来たつもりです。
まだまだ、本当に描きたいレベルには遠く及ばないのですが、これからももっと描き続けて、さらに憧れていた領域にたどり着きたいです。
東京03のコント『魔が差して』は、不倫を題材に練られたネタです。
「魔が差して」というフレーズからは、浮気を問い詰められた時によく使うセリフでしょう。
しかし、東京03のコントでは少し違います。
このシーンは、ぬいぐるみを夫役の角田さんから投げ渡されて、妻役の豊美さんが受け取ったところです。
何やら浮かない表情を浮かべた豊美さんですが、どこまでそれがしっかりと描写できたでしょうか。
豊本さん演じる「豊美さんに似ている」ではなく、コントで重要な場面であるこのワンシーンの雰囲気をどこまで再現できたのかがポイントで、こみちとしても内面まで描けることを目指したいです。
正直なところ、羽織っているカーディガンの編み目などの描写が乏しく、もう少し時間を掛けて再現するべきだったと思います。
ただ、豊美さんの顔や髪を描くことで、かなり限界を迎えていたので、全体としての完成度が下がってしまいました。
女性を描く難しさを実感しながらも、試行錯誤を繰り返してみました。
全体に色が乗った段階で、ここからはさらに詳細な描き込みに入ります。
まだまだというか、先が見えないほど修正したいポイントがあって、どこまで追えるかが問われている感じです。
現段階では、肌のトーンを修正している途中で、特に右サイドの陰影に悩んでいます。
髪の毛も3段階くらいのトーンで分けてみましたが、まだまだ修正しなければいけません。
全く先が見えないです。
完成と呼べるところまで描けるのか、こみち自身も分からなくなって来ました。
今回は似顔絵というよりも、新しい描き方を試みた一枚です。
こみちが描く絵は、芸術的な作品ではありません。
こみちが見た、感じた光景を文字ではなく、絵で表現できるための過程です。
なので「誰か?」ということよりも、「何を伝えたいか?」が大切だと思って描きています。
そのためには、性別や年齢、表情、さらに言えば存在している場所や時刻なども盛り込めるようになりたいのです。
なぜなら、そこには意図や流れがあって、その一つずつが意味を持ってそこに存在しているからです。
しかしながら、こみちの画力では全てのシーンを描くことがまだできません。
なので、少しずつですが描ける範囲を広げて、今以上に感じたことを絵で表現できる人になりたいです。
正直、こみちはあまり器用に生きられるタイプではなく、何度も同じ場所をぐるぐると回ってしまいます。
でもだから、こうして絵に出会い、ずっと絵を描くことを続けて来られたとも思います。
ボチボチの公式にはなりますが、この場をお借りして描いた絵を紹介させてください。
いつも応援してくださる方々、本当に感謝しています。どうもありがとう。
昨今、「描くこと」自体はaiでできてしまう。
今回もaiの作画を見て、ポイントを学ぼうという話。
前回のイラストに比べて、もう少し加筆してものが右のイラストです。
光の反射を加えた段階で、一方でまだ途中の影の部分まで描けると急に立体感が伝わると思います。
髪の毛の描写などは、大まかな色づけだけですが、もう少し精密に色づけできると「髪質」が伝わるでしょう。
個人的には、女性の肌質を描くのは難しく、その色味の変化をしっかりと追えたら今後、描ける範囲が増えるはずです。
今はまだイラストと分かるレベルですが、どこかで写真っぽく見える境界線を、今回学べたら嬉しいと思っていて、もう少し加筆を続けたいと思います。
絵を描いている時に「これだ!」と自分でも感心する「線」があって、その線が不思議と絵の中心的なイメージを作ります。
完成したイラストだけを見ると、誰かの背中で、脇にもう1人が立っていることに気づくでしょう。
元々は東京03のコントのワンシーンですが、見えている背中は成人男性な骨格です。
背景のエンジ色のひだに影ができて、そこに二人が向かって何か話しているようにも見えます。
脇に立つ人の背中にも影ができて、二人の距離感も伝わるでしょう。
絵をアップにすると、決して精密画ではなくて、でも先に紹介したようなイメージは伝わると思います。
個人的に、喜怒哀楽のような感情ばかりではなく、もっと曖昧で中途半端な感情がある場面を描くことにこだわっています。
写真や画像などスマホが身近にあるので、わざわざ描くと言う行為に価値が薄れているようです。
しかも最近では、aiによる高度な描写が可能になって、我々が何年も掛けて練習する必要がなくなってしまったとも感じます。
真面目な話をすれば、翻訳家や税務関係者など、他にももっとたくさんの職種で、従来の知識や技術がaiに置き換わろうとしている気がします。
まだ途中段階のイラストですが、ここから精度を上げてリアルな描写に到達するまで、例えば数時間、数日が掛かるとして、そこに時間を注ぎ込むだけの価値があるのかと言うとかなり考え方次第になって来ます。
まず、描くとはどんなことでしょうか。
少なくともこみちにとって描くとは、自己表現の一つで、もっと別の言い方をすると自分が何をどう見てどう感じたのかを伝える手段です。
つまり、その意味では「写真を撮る」結果、撮影できた画像が自身の心情を代弁しているのかということになり、もちろんカメラ撮影も興味深い行為ですが、やはり絵を描くことも価値を失われるものではありません。
なぜなら、自身には「こんな景色に見えた」という表現ができて、そのことが他の誰かに伝わったのなら、描く価値があるからです。
むしろ問題は、右上のイラストをリアルに描くことがしたいのかということ。
元の画像をそのまま模写しても、そこにできたのは自分の気持ちではなく、あくまで撮影者の心情に寄り添ったに過ぎません。
それはaiが描くことも同じで、仮に写真と見分けがつかない品質だったとしても、作り手の想いが伝わっているのかというと疑問が残ります。
描く行為が難しいと思うのは、着色することよりも、そもそも何をどう描こうと思ったのかという部分だからです。
目の前のりんごを描きました。
事実としてはそうですが、それで何を伝えたかったのかという部分が見つかりません。
つまり、デッサンのような練習は技術向上には役立ちますが、どんなに上手くなっても「伝えたいもの」ということにはなりません。
aiの発展に恐れているというよりも、写真と区別がつかないことが最終目標になってしまうことに怖さを感じます。
極論を言えば、人間の生産行為をすべてaiがになって、人間はただ三度の食事をするだけの存在になってしまうことを目指しているのかということ。
自動運転が当たり前になって、スマホで家まで車を呼び出して、乗り込めば目的地まで勝手に届けてくれる。
そうなれば、運転免許も必要ないですし、燃料は太陽エネルギーで賄えて…。
でも、その内、我々がどこかに出掛けることもなくなるでしょう。
名産品や特産品はオートメーションで作られて、自宅まで配送してくれるからです。
何なら各地の景色もバーチャルで体感できるでしょう。
そんな時代に、描くことってどんな意味があるのかと。
今回、aiによるイラスト真似て、自身でどれくらいリアルに描くことができるだろうと練習も兼ねて描き始めたのですが、ここまで描いてふと描く意味に行き詰まりました。
みなさんはどんな想いで、描いたりしているのでしょうか。
東京03の人気コント『魔が差して』は、夫婦の浮気をテーマにしている。
妻の浮気を疑い、予定を変更して急に帰宅する夫。
家での密会中だった妻は、慌てた様子で夫を出迎えた。
描いたシーンはそんな場面。
コントとしては序盤のシーンで、ここから面白い展開になるところ。
テーブルの上の灰皿に、夫の知らないタバコの吸い殻があって、それを問いただした場面。
「誰の吸い殻だ?」
「ああ、私」と咄嗟に嘘をついた妻。
真っ直ぐに夫を見られない妻の手を重ねて立っている様は、何かこれからの展開を予感させる。
みなさんは、何歳の頃から描いていますか?
こみちの場合は園児だった頃からでしょうか。
よく覚えているのは、「ミツバチ」を描いた絵で、親が「これ、こみちが描いたの?」と言って「そうだよ」と答えた時に別の紙にもう一度描かされたことがありました。
三歳とか四歳にしては上手過ぎたのでしょう。
小学生の時も、学校の写生大会で茶色だけで風景画を描いて再度描き直しさせられたり、印影だけで京都の五重の塔の風景画を描いていたりと、思い起こせば「絵」との関わりは親身でした。
学生時代はバイクが趣味で、学校が長期休暇になるとツーリングに出掛けてはスケッチ旅行をしていました。
当時は今よりもずっと画力がなくて、鉛筆画や水彩画ばかり描いていました。
社会人になって、あまりバイク旅ができなくなって、小さなスケッチブックを持つようになって、もう水彩画はやらなくて、線画だけの簡単な絵ばかり描いて来ました。
当時住んでいた家から会社までの風景を、その場で5分とか10分くらいで簡単に描き取る感じで、街並みや駅のホーム、ランチで食べた料理など、文字で書き残す感覚で気になるものを描きました。
その頃はまだ「形」を描くことにこだわっていて、雲や暗所など、色の境が曖昧なものが苦手で、多分鉛筆画が多かったからもありますが、単品が多かった気がします。
そこからサイズ感とか距離感、空気感を描きたいと思うようになって、さらに今は「心情」や「雰囲気」を共通の意識してテーマにしています。
ライフワークというとなんだかカッコ良く聞こえますが、本当に「描くこと」しかできないんです。
それくらい、描くこと以外は長続きしませんでした。
決して上手くはありませんが、ボチボチと描いているので、よかったらまた覗いてみてくださいね。
実演販売員に扮した角田晃広さんが、通りかかった客役の飯塚悟志さん相手に声を掛ける。
いつものセールトークを始めたものの、飯塚さんは「無」の反応を示す。
そんな態度に苛立ち、怒り出す角田さん。
その時に見せる表情は、ここ最近あまり見なかった表情に思える。
だからこそ、懐かしさもあって描きたかった。
もしかして「あの表情?」と、共感できたら嬉しい。
絵を描く目的はいろいろあるけれど、「りんご」をりんごっぽく描くことも大切だけど、「あのりんご」をどう伝えられるのかをとても大切にしたい。
脳内にある「虚像」を描くよりも、「目の前」にあった実在感を自在に表現できるようになりたい。
似顔絵を描く時に、本人の雰囲気をどう取り込むのかが描き手のこだわりでしょう。
こみちの場合もそうでした。
ただ「似ている」ということではなく、「雰囲気」や「空気感」のようなそこに居ることで感じた感覚を自身が描いた絵でも感じて欲しいというのが描きたい目的であり目標です。
東京03のコントは、どれも質が高くて、笑えるという要素の他に、人間観察による行動心理が反映されていて、興味深さも感じられるので尊敬しています。
今回、描かせてもらったコントは「アニバーサリーウォッシュ」というタイトルで、実演販売員に扮した角田さんに呼び止められた飯塚さんが見せた「無の表情」です。
一方で、似顔絵として描く時に、メガネのような印象的なアイテムが多いと、描き易くなるのですが、逆にそれらが少ないと僅かな違いで印象が大きく変化してしまうので、初心者、中級者にとっては描き辛い題材です。
ただ、これは想像ですが、上級者になると「印象的なアイテム」が描き易さになったモデルが、さらにもっと奥深い部分を描こうとした時には影響力が強すぎるあまり、その存在感をどう和らげられるのかに苦戦するはずです。
つまり、デフォルメや誇張は、描き易さにもなりますが、印象が強過ぎて邪魔にもなり得ます。
飯塚さんを描いていて、メガネも無いですし、顔立ちに特徴的な部分もないので、「似顔絵」としては描き難く、さらに「表情」まで伝えたいと思った時には、誇張などしないで見たままをいかに描けるのかに尽きるでしょう。
今回、ある意味は人物のデッサンに近く、画力が試される形になりました。
今の実力で、飯塚さんの雰囲気をどこまで捉えることができるのかも含めて、挑戦してみました。
今回は角田さんを描いてみました。
これまでも何度か描いたことがある人ですが、コントシーンの一部として描くのではなく、人物画に近いイメージで挑戦しました。
描いたのは、「セカンドプロポーズ」というコントの一場面で、不満顔で飯塚さんを振り返って見つめるというところ。
コントとしては、場面が大きく動く重要なシーンですが、描くに当たっては「似顔絵」ではなく、表情や雰囲気も大切に伝われば嬉しいです。
東京03の人気コント『セカンドプロポーズ』は、結婚25周年を迎えた中年夫婦の話。
結婚生活とはこんなものだと思って生きていた妻にとって、25周年を迎えて改めて夫から二度目のプロポーズを受ける。
「嫌だな」
妻は初めてそう思ってしまった。
そして、今日のこのキッカケがなかったら…離婚など考えることもしなかっただろう。
そんなコントの中心的なシーンで見せる印象深い演出がこのシーンだ。
描いてみて思うのは、体を傾けた二人をしっかりと描くことが難しかったこと。
服のシワや体型から伝わる感じまで表現することが思うようにできない。
こみちとしては、まだまだ勉強しなければと思ってしまう仕上がりになってしまった。
しかし、このシーンの雰囲気が少しでも伝わっていたら嬉しく思う。
東京03のコント「セカンドプロポーズ」は、結婚25周年を記念し、当時結婚式を挙げられなかった妻のトヨミさんのために、夫役の角田さんが改めてプロポーズするというコント。
しかし、「当たり前」と思っていたこれまでの結婚生活に、ふと疑問を感じ、角田さんのプロポーズに応じないというトヨミさんがいる。
自身の思いや考えを語り出したトヨミさんを今回は描いてみました。
また、見たままを描くのではなく、トヨミさんらしい雰囲気を描いてみようとも思ったのですが、画力が足りなくて思うような描写ができませんでした。
似顔絵を描く場合、ヒゲや眼鏡、髪型に特徴があると嬉しい。
逆に、サラッとした美人などは、全体の雰囲気がとても大切になるので、描くのが難しいと感じる。
飯塚悟志さんもそんな描き難い部類に入る。
まして、今回選んだのは、ほぼ顔で、出来が全体の完成度を左右してしまうだろう。
今回の出来は、右のような感じになった。
飯塚さんだと伝わるだろうか。
そして、コント中で、少し惚けたようなシーンを熱演している場面だが、その雰囲気も伝わっていたら嬉しい。
描くことが好きなので、良かったらまたこのブログを覗いてくださいね。