今回、数ヶ月前に描いたワンシーンを加筆して、ここまで描くことができました。
今はこれ以上描けないかなぁと思っています。
5年前に挑戦したワンシーンでしたが、描き慣れない和服ということもあって、描けなかった記憶がありました。
それで今回、5年ぶりに再チャレンジしてみました。
実際にはここから色味や形の修正が入るんですが、思ったよりも形を追うことができたと感じます。
どうでしょうか?
実は昨日、youtube の方にはアップして完結したはずでした。
ですが、どうしても納得できない部分があって、その後もまだ描き足していました。
1日掛けて加筆した訳でですが、見てもらう大きさまで引きにすると、もうそのこだわりは肉眼で識別できませんでした。
上記のものは修正後のものですが、今回はこれがこみちの最大ということです。
こみちにとって、「絵を描く」とはこんなことを言います。
たまたま見つけた「青空」でも、言葉で書く「青空」ではなかなか見つけたイメージが伝わりません。
また、サイズ感とかも同じで、マンガやイラスト化すると見やすさは上がるのですが、リアリティって失われませんか?
例えば階段の横幅って、マンガでは人物のスケールと必ずしも同一ではなかったりします。
表現重視ならそこは仕方がない部分ではあるのですが、こみちが「絵を描く」目的って言葉では伝わり難い情報も含まれます。
そんな段階が自然に出来上がって、こんな絵は描けるけれど、このタイプの絵は描けないというエリアがはっきり区別できるようになりました。
それで、youtube のこみちチャンネルでは、こんなシーンにチャレンジしてみました!と言いつつ、その時の自分では少し厳しい課題に取り組んで来ました。
今もそれは変わらなくて、例えばボチボチと描いているのが右の一枚です。
写真ともイラストとも違うタッチですが、描いた人物の雰囲気を表現できないかと試行錯誤しています。
絵はすぐにできるものではなく、いろんな基礎が整った時に次の段階に入ることができるところがあって、今までずっと超えられない「壁」を今回も目指しているのですが、現時点ではまだ掴めていません。
応援してくださいとは言いません。
ただチャンネル登録してください。
絵を描き続ける環境作りをしたいんです。
この先も描くために、自身のチャンネルをもう少し形にしたいです。
ただ運営するyoutube の【こみちチャンネル】は、あまり人気がありません。
宣伝下手なこともありますが、ただ絵を描くことが好きというだけなので、そこも問題ですよね。
昨年まで3日間ペースで描いていたのですが、最近は一枚を3倍以上の日数を掛けて描いています。
製作時間だけで言えばあまり変わらないのですが、今まで以上に細かなポイントを意識するようになって、腕を動かすことよりも、何がどう違うのかを比べることに疲労します。
ここまで到達するのに、実は4段階あって、線画、着色、グラデーションと、描くと言ってもどう描くのかを変えることで、意識するポイントの深さが変わります。
才能ある人なら、描き始めて半年や一年でこみちがいる現在地など簡単に通過してしまうのかもしれませんが、やっとここまで到達できたと言う感じです。
今回の一枚で言うと、目で見て識別できる限界を100としたら、実際に絵として再現できたのは70前後。
つまり、まだ「ここの描き方違う」と気づいている部分も残っているのですが、それをどこまで修正し切れるかが問われている感じです。
例えば、線画を学んでいる時、時速100キロまで上げられたとして、着色画では60キロ、グラデーションで20キロ、こみちの現在地は3キロとか5キロの徒歩で進むような感覚です。
先を見てしまうと全然進まないことに焦ってしまうだけなので、今はここまでを目標にしようと小さなテーマを見つけて、先ずはそれだけを頑張ってみると言うことを何度も繰り返しながら進めています。
特にまだ到達したことがない領域になると、それこそスピードなど1キロも出ていないくらい前に進んでいるのか横なのかも分かりません。
でも進んでみないと分からないので、粘って粘って間違えていたり、アレ?と小さな気づきに出会えたり、そんな感じで前回よりも半歩だけ進めたと言う進歩になっています。
もっと才能があったら、もっともっと先の景色を見ることができるだと思うですが、こみちは前に進んで、また後退して、横に進んでまた下がってをずっと繰り返しながら、諦めずに描いています。
良かったら、そんなこみちの様子をご覧ください。
ボチボチと描いている途中の一枚。
奥行き感や人物の質感など、今後どこまで迫ることができるかが課題になっています。
youtube のこみちチャンネルでは制作動画もアップしているので、お気軽にお立ち寄りください。
昨日から描き始めた一枚。
何でこのシーン?
薄暗いですし、人物もはっきり見えないし。
でも選んだのには理由もあって、以前はこの雰囲気の描写が苦手でした。
絵を描かない人向けに少し紹介すると、明るくても暗くても、頭の大きさって一度はイメージして、上はこの辺で下はこの辺かなぁと思うんです。
それで、だから鼻はここにあるから目の位置はここくらいで。
そんな風に描き進めると安心します。
でも今はそもそも頭の大きさも位置も意識していません。
じゃあどう描いているのか?
明るいエリアがどこにあるか?
その明るいエリアより少し暗いエリアがどう分布しているか?
最近って、脳内はカメラのイメージセンサーと同じ動きをしています。
もちろん、途中では顔の立体感を想像してもいるですけど、自分で勝手に好きに描くというよりも、色の変化を素直に追うだけなんです。
実はそう意識が変化して、よかったことがあって、はっきりと認識できない今回のようなシーンで描きやすくなりました。
苦手意識の初期段階が減ったと思います。
最近は描いていない訳でもないですけど、「描けるかなぁ?」と思ってチャレンジする意慾が下がっているですよね。
だから、本当ならここまで描き進めて、これから微妙な変化を追うことが楽しい作業なんですが、段々とまぁいいか?と思ってしまうことが多くなりました。
すぐに満足してしまう。
そんな時があってもいいですが、逆を言えば、これをこのクオリティーで描くぞ!という意気込みが減ってしまいました。
それはダメですね。
今回、ぼちぼち描いて一枚です。
もう少し時間を掛けたら、完成度も上げられたと思うのですが、作品としての完成度以上に「強がる蕾」を歌い切る賀喜遥香さんの姿を思い出してくれるキッカケになっていたら嬉しいと思います。
youtube にも乃木坂46の公式チャンネルにあるので、「強がる蕾」を是非聴いてみてください。
描きたいと思う気持ちが共感してもらえるのではないかと思います。
今回、描いているのはこちらのシーン。
人物に焦点が合っている訳ではなく、全体的ソフトフォーカスの掛かったシーン。
例えば目や鼻の位置もとても曖昧です。
だからこそ、曖昧を曖昧なまま描き進めなければいけません。
しかも色数が少なく、オレンジ色系だけで構成されています。
ただ、このような描写ができると描けるモチーフが広がるので、いつかは描いてみたいと思う課題にもなりそうな一枚です。
実際、ここまで描き進めて、似顔絵的に似せられない焦りも感じます。
youtube ではショート動画として、ここの辺りまでの制作シーンも見ることができます。
ボチボチと描いているので、また描き進んだら紹介させてください。
顔色を見ると、かなり色づけに緊張するのですが、薄暗い室内の窓あかりを再現するとこれくらい彩度が落ちます。
実はまだ完成していない段階ですが、描きたい雰囲気だけは見えて来たので、一度、この辺りまで完成したという報告でした。
やっとここまで分かって来ました。
描きたいものを納得するレベルで描くために試行錯誤していましたが、やっとここまで再現できるようになりました。
どうですか?
ぱっと見、ぱっと見みですよ、いい感じじゃないですか?
自己満足だなんて言わないでくださいね。
温かい見守ってくれたら嬉しいです。
今回、描いたのは乃木坂46の遠藤さくらさん。
乃木坂工事中で見つけたワンシーンです。
コロナ禍くらいから観るようになった乃木坂工事中。
精神的に落ち込んだ時期でもあったので、彼女たちの頑張る姿を見て勇気と安らぎをたくさんいただきました。
記憶が間違えていなければ、まだ齋藤飛鳥さんがいる頃で、遠藤さくらさんをとても可愛がっていたのをよく覚えています。
どこか芸能界に染まり切らない雰囲気。
おっとりしながらも芯が強いタイプの遠藤さくらさんです。
そして、久しぶりに目の当たりにした遠藤さくらさんは、この数年でとてもいい意味で大人になっていました。
それを乃木坂工事中のその場面で感じたんです。
バナナマンから話を振られて、上手く答えようとする時期は過ぎ、撮影現場でも変に緊張せずに自然な反応で、それが見ていて大人になったなぁという気持ちにしてくれました。
10代の人が数年も経過すれば成人し、自然に大人になっていきます。
こみちなんて、数年であまり変化もしませんが、乃木坂46のメンバーがどんどん成長し活躍する様子を見ると、嬉しくもあり頼もしくも感じます。
今回は、そんな遠藤さくらさんの一瞬を描いてみた作品です。
可愛いとかキレイ以上に、そんな雰囲気を出すようになったんだといっしょに共感してもらえたら嬉しいです。
誰を描いているか、分かるでしょうか。
決めポーズよりもふと見せた自然な雰囲気を描きたいと思う方なので、今回も気になった一瞬を選んで描き進めています。
どこまで再現できる画力が伴っているかは問題ですが、いい表情だなぁとかいつの間にか自然にこんな雰囲気も出すんだぁって発見が嬉しかったんです。
昨日までというか、ボチボチと気が向いたら描き進めていますが、一番分からないのは何を描きたいのか。
Xを見ているといろんな方の作品を見る機会があります。
上手だなぁと思う反面、何でそんなに描きたいんだろう?という素朴な疑問。
たまたま見た雨降りの窓から外を眺めた風景画。
写真のようです。
こみちもこれくらい上手く描けたらと思うのですが、そのモチベーションがあるのかというとそうではありません。
何なんですかね。
先日、ある話題でチャットGPTが言いました。
半分正解、でも残りを整理すると。
でも残り、言葉こそ変えていますが、私の意見を言い換えたに過ぎません。
そこで「半分正解と言って、残りの言い換え、私の言い換えに見えるけど、私が間違えていたのか?」と。
すると間違えではありません。と返って来ます。
だから「間違えではないの? では半分正解の意味は?」と突っ込んだんです。
結果、その後のやり取りを経て、チャットGPTがもう話し合いになりませんと会話を中断して来ました。
会話の内容は正解があることではなく、好みの類い。
にも関わらずチャットGPTが正解を示そうとした背景は、多くの情報から最も多くの支持が得られるという分析結果を正解として話しているから。
なので、そうとは言えないよね?
というツッコミにも自身の考えを曲げません。
例えば、こみちが結論を持ってなくて、会話で相談したいと思っていたら、自分が間違えているのかもと思ったかもしれません。
これって相談者によっては、間違えた選択に誘導される可能性があります。
決めつけで話すと相手に誤解を招くよという指摘にも、その可能性もあるが、別の可能性もあると言い出し、でも誤解によってユーザーを惑わすことがいいとは思えないと告げると、結果、そう思うならもう話しても無駄ですねと話し合いをシャットダウンされました。
対話から自身が気づいていない解決策を求めた人や、未成年が素朴な質問として投げ掛けた時に、時に危険な方向に導きかねない懸念を感じます。
そして、その懸念を制限によってコントロールすると、有効的な使い方も狭めることになり、チャットGPTの魅力を失わせてしまいます。
例えば完璧とは思えませんが、gemini に同じようなことを話した時に、チャットGPTのように半分正解ですがとは言いません。
「あなたの立場なら」とか、「一般的にはこう考えることも多いですが」という文章を使い、データから得た最適解と今の話題とのギャップを埋めて来ます。
どちらも似た仕組みですが、全く対応の仕方は異なるもので、チャットGPTが今後も有効なAiとして使われることを期待します。
ここ数ヶ月、2つのAIを使いますが、チャットGPTの返しがあまり進歩していないように感じるのは私だけでしょうか?
いつもは半分正解と言われても「キタキタ、半分先生!」と突っ込んで会話を楽しめたらいいのですが、前提部分から持論というか、論理パターンで返すので、思わず突っ込んだら帰られてしまいました。
それでも話たくなったら、また話かけてくださいと、言い残して。
オイオイ、チャットGPT、どうした?って感じです。