ここからさらに「質」を上げるために
今まで、絵を描くことは、目の前の場面を書き残すためだった。
だから、その印象を呼び起こせるなら、不要な部分は省いても問題なかった。
一方で、写実主義的な絵に触れて、実在感を描くことでしか伝わらない感覚にも気づけた。
これくらい描くと「満足だ!」と思っていたけれど、そこで手を止めてしまうから何も始まらないのだろう。
むしろ、ここから。
どう描いて行けばいいのか。
そこにこれからの目標もあるのだろう。
今まで、絵を描くことは、目の前の場面を書き残すためだった。
だから、その印象を呼び起こせるなら、不要な部分は省いても問題なかった。
一方で、写実主義的な絵に触れて、実在感を描くことでしか伝わらない感覚にも気づけた。
これくらい描くと「満足だ!」と思っていたけれど、そこで手を止めてしまうから何も始まらないのだろう。
むしろ、ここから。
どう描いて行けばいいのか。
そこにこれからの目標もあるのだろう。
みなさんは人物画は得意でしょうか。
ふつう、正面画から始まり、やがて真横、さらに斜めから、最後は下からという具合に、描くアングルが変化していきます。
マンガ絵のようなベタ塗りが多様されるイラストの場合、理想型を見つけることで、一気に画力が向上しますが、それは見せ方に慣れることも要因でしょう。
一方で、絵画的には表情や年齢、内面の具現化など、表面的な凹凸ではなく、固有の特徴に関心向けられます。
つまり、マンガ絵のような理想型を目指したりはせずに、その人らしさを描こうとします。
前回、三重野慶さんの作品で勉強させていただき、気づいたポイントを取り入れて描いたのが今回の一枚です。
いきなり大きな変更点はないのですが、「存在感」をより意識しながら描くことができました。
精度としては、あと2段階くらい上げられそうですが、現状でも十分に手答えを感じことができました。
特に肌質については、赤色から黄色、緑色までを含めて描いていますが、表面的な色彩を追うのではなく、肌を層と考えて塗ることで再現したことも新たな発見です。
今年もまたボチボチですが、投稿して行きますので、良かったお付き合いいただけると幸いです。
今年もボチボチですが更新したいと思っているので、良かったらお付き合いください。
昨年末に描きたい最後の一枚は、乃木坂46の早川聖来さんでした。
女性の肌のトーンを再現するのはとても難しく、以前から課題になっていました。
今回も早川聖来さんがとても整った顔立ちということも重なって、描くことが困難だとは分かっていましたが、どこまで描けるかと挑戦したものです。
さらに精度を上げるには、制作時間であと数時間を要すると思いますが、前回の写実主義絵画を模写させていただき、気づいたことを反映させることもできました。
今後も気ままではありますが、このようなイラストを更新しますので、良かったら2023年もよろしくお願いいたします。
こみちのように、絵を描くことを楽しんでいる方は「写実主義」という美術様式をご存知でしょう。
ゴッホやピカソの絵を観て、「どこを評価されているのだろう?」と思ったことありませんか。
もちろん、ピカソの幼少期のデッサンを見れば、彼が天才であることに気づくでしょう。
ではなぜ、あんな風に描いたのか。
これはこみちの個人的な見解ですが、その時代には既に「カメラ」という便利なものがありました。
つまり、「絵で表現する理由」を当時の画家たちは模索していたはずです。
いわゆる見えたままを描くデッサンは、美術における練習で、最終的に目指すは「何をどう描いのか?」ということだったのでしょう。
だからこそ、リアルに描くことが容易いことも知りながら、ゴッホやピカソは独自性を求めて「創作」していったのだと思います。
「スーパーリアリズム」とも言われる写実主義という美術様式。
誰もがスマホを持ち、一瞬で撮影できてしまう時代に、「写真そっくり」という絵にどんな価値を見出せるのか。
その意味では、先に挙げたゴッホやピカソが、写実主義から異なる様式へと進んだのは、今でいうCGグラフィックスで加工するようなもので、そのままを描くのではなく、必要に応じて加工を加えて、「実在」よりも「感性」を大切にしたとも考えられないでしょうか。
一方で、時代は一周し、写真のような絵を評価する風潮もあります。
「写真じゃないの?」
ある意味、そんな感想こそが、スーパーリアリズムの真骨頂です。
キャンバスに描くことが当たり前だった昔、「色」はあらゆる絵の具を調合して作られます。
数値化できない以上、感覚でしか再現できないとも言えるでしょう。
一方で、今やパソコンに下絵を取り込み、輪郭をトレースして、スポイトツールで色味情報を抜き取れば、それこそデッサンなどできなくてもリアルな絵を再現できてしまいます。
つまり、「リアル感」は美術的技法ではなく、テクニックの領域で完結します。
だからこそ、リアルが主体の絵に対して「美術なのか?」と考える人がいても不思議はありません。
こみち自身が画家「三重野慶」の作品を模写させてもらった背景
絵を描くことが好きなので、いつも出会った景色や場面を見て、「自分の画力で再現できるだろうか?」という好奇心があります。
それで、今回は三重野慶さんの作品を見て、習作させていただきました。
描く前に100%を再現したいとは思わず、イラストっぽさから写真っぽさへと見える境界線を確かめてみたかったからです。
なので右のイラストは、途中まで描いて作業を終えました。
ここから色味のバランスを細かく修正していくと、イラストっぽさから写真っぽさに変わると実感できたからです。
このイラストはトレースという透かし書きを行っていないので、三重野慶さんの作品と重ねれば、かなりズレていると思います。
でも、完全一致が目的ではなくて、どう写実主義っぽくなるかの確認だったので、ズレに対してこだわりはありません。
一方で、習作は創作ではなく、デッサンの領域だと思います。
というのも、表現方法に悩むことはなく、お手本通りを忠実に再現しているだけだからです。
トレースの他、碁盤の目を用いたり、距離を細かく測って写し取ることが一般的ですが、下絵さえしっかりできれば、あとは根気の作業です。
いつもはYouTube のワンシーンを描いたりしますが、画質的に詳細な元絵はありません。
一方で、今回の習作では、三重野慶さんの作品が鮮明だったこともあり、色味も明度もかなり精密に感じ取ることができました。
いつもなら1色にしか見えない部位で、2色、3色と微妙な色味を感じ取り再現したので、今まで以上に肌の再現性は高くできたと思います。
こみちにとっての収穫は、忠実に再現すればここまで「肌」を描けることに気づけたことです。
思いのですが、「タイトル」こそが「アート」ではないでしょうか。
例えば、「女性のアップ画」に「〇〇さん」とタイトルを付けたなら、作者は〇〇さんを見た人に伝えたくて描いたということになります。
一方で「思春期の女の子」とタイトルを付けたなら、「思春期」というイメージと「女の子」というイメージを描くことで表現したことになるでしょう。
「思春期」というイメージに30代40代の女性がモデルだったら、鑑賞した人はもしかすると「時の移ろい」や「年齢とは無関係な多感さ」を伝えたかったのかと連想するでしょう。
これが「〇〇の風景」という平凡なタイトルだったら、無作為に撮った写真と似てしまいます。
ある意味、「約束」とか「嘘」とか、描いた絵とタイトルにギャップがあると、観た人の興味や想像をくすぐるでしょう。
なぜなら「何がどうして「約束」になったんだ?」と思うからです。
私たちは、日常生活で無数の情景を見て生きています。
しかしその一枚ごとにタイトルをつけたりしませんし、明日になったら忘れてしまうでしょう。
こみちが絵を描こうと思う時も、「この情景を忘れたくない」という気持ちもあります。
それくらい立ち止まって描かないと「ワンシーン」など流れて意味を失うでしょう。
言うなれば、写真のような絵を見せられて「どうですか?」と言われても、「ハァ?」となって然りです。
なぜなら、そんな情景はこれまでにも何度も見ているからです。
そうではなくて、「〇〇」というタイトルを付けることで、特別な意図が生まれ、そこから連想する意味も生み出されます。
とは言え、今回の習作はそんなアートな作業ではなく、単純に雰囲気をどこまで今の画力で再現できるか確認したかったのです。
描くことで、その人の特徴を掴むことができます。
本職のイラストレーターの方は違うと思いますが、こみちくらいのレベルなら練習しただけ上手くなれると思っています。
何度も描いてみて、まだ納得できるレベルではありませんが、描きたいことを描く手ごたえを掴んだ気がします。
何より、描くのって楽しいですよね。
ということで、賀喜遥香さんをまた描いたので紹介させてください。
賀喜遥香さんの「困り顔」は、彼女の性格を印象づけます。
そんな表情を描こうと思って、いろいろ動画を視聴していたのですが、描けそうな表情が見つからず、結果的にバレンタイン大作戦で見せた「泣き顔」を選んでみました。
もう少ししっかり描かないと、画面に対する情報量が不足している印象になってしまいました。
「描くこと」が優先されて、完成度が保てていない感じがします。
描いた直後はそんな風に思っていないのですが、時間を置いてから見直すと、粗さが気になります。
もう少し、時間を取って、納得できるくらい温めた方がいいと反省しています。
前回のイラストをたくさんの方々に見ていただけて嬉しかったです。
一方で、鋭いご指摘もいただき、もう一度描き直すことにしました。
アングル的に正面を選び、賀喜遥香さんに寄せて描いてみました。
雰囲気が伝わったのか、前回よりも高評価をいただけてホッとしています。
難しい部分も多いですが、描くのは楽しいですし、またコメントをいただけて、励みになっています。
どうもありがとうございます。
みなさんは、右のイラストを見てどんな風に思ったでしょうか。
どこが「賀喜遥香」さんなんだ?
全然、似ていないぞ!
様々な感想があると思います。
このイラストもこみちのYouTubeチャンネルに製作行程をアップしているのですが、「似顔絵とは何か?」をもう一度考えてみたいと思うきっかけを得ました。
デフォルメしたり、誇張させたり、または大胆に省略することで、対象となる人物を描き手自身が脚色することを世間的に「似顔絵」と定義しているわけではなさそうです。
むしろ、肖像画という呼び方には、対象となる人物の印象を外見だけでなく内面までも汲み取り表現することまで含まれるらしいのです。
個人的には、描きたいなぁと思った人物や風景を、楽しく描けたらそれで満足で、それが外見的なのか、内面的なのかはその時々で変化します。
では、ここに挙げたイラストが、似顔絵と呼べるのか、肖像画と言うべきかは、正直なところ判断できません。
と言うのも、このイラストは、トレースして描いたものではなく、ある意味で模写的で、写真ほどの高精細な描写とは呼べません。
一方で、簡素化された表現方法だけで描いた似顔絵とも異なります。
ではこのイラストは、似顔絵と呼ぶべきか、肖像画と呼ぶべきか。それともまた別のカテゴリに属するのか。
改めて考えると、案外と難しい話にも感じます。
みなさんもあの有名画家ゴッホをご存じでしょう。
何でも、ゴッホが画家として活躍されていた時代には、既にカメラという技術が存在していたそうです。
つまり、現代で言う人の描写とAIやCGの差をどう捉えれば良いのかを悩むように、当時はカメラの高精細さと人の描写と違いに注目が集まっていたみたいです。
画家がリアルに写実的に描いても、カメラの品質には勝てません。
仮に頑張って競い合ったとしても、意味があるのかという根本的な問題に立ち返ります。
そこで、ゴッホは、目に見える外見だけではなく、人が人として感じ取った感覚までも描くことを目指し、肖像画を描いたそうです。
つまり、必ずしも実際の人物のまんまとは限りません。
でもそこに、描かれた絵を見た人が、何か印象を感じ取ってくれたなら、それはそれで価値あるものになったということ。
実際、画像を下絵にトレースすれば、寸分の違いもない複製を作ることは技術的にも簡単です。
でも、それならもう描く必要性はなく、コピー機にお願いした方が良いくらいでしょう。
カメラという技術を知った現代に於いて、「描く」をどう意味あるものにするのかは、普段から好きで絵を描いている人でも、なかなか考えないことだったりします。
呼び方として「似顔絵」が良くて、「スケッチ」や「模写」など、どれがいいということもあまり考えたことがありません。
ただ、面白いもので、「生命線」とでも呼ぶべき、必須の線があって、それを探して描いている所があります。
その線とは、誰が描いたとしても外せないだろうという大切な線で、その線を描いた瞬間に一気に絵を質が変化します。
上手く描けたときには、その線が忠実に捉えられていて、逆に不本意な時には見つけられていないことは多いです。
つまり、漫画風に描きたいなぁとは思っていなくて、かと言って写真をそのまま書き写したいとも思っていないのです。
ちなみに、このイラストに載せることができたイメージは、感じ取った情報の50%くらいでしょうか。
それはアート作品とは思っていなくて、あくまでも「このシーンを描いてみたい」という好奇心だからです。
きっとこの先に、思っていたゾーンがあると感じ取れたら、当初の「描いてみたい」という興味はある程度落ち着いてしまいます。
それが、感じとった50%という割合だったことになります。
結局のところ、この描いた絵が似顔絵なのかどうかは、良く分かりません。
というか、似顔絵と安易に表記してしまっていますが、結局のところ、描きたいなぁと思って満足できたらそれで良くなっているという感じです。
最近、あれだけ描き続けて来た東京03を描かないのも、「描きたいなぁ」と思うシーンが見つからないから。
さらには、苦手だった女性をもう一度描いてみようと思い出したことも重なって、今回は賀喜遥香さんのこの表情を描いた次第です。
みなさんは、どんなきっかけで、描く人物を見つけるのでしょうか。
改めて考えると、描くよりも複雑なことが、いろいろ関係しています。
まさか、ゴッホもカメラという技術に対して、描き方で悩んでいたとは思いませんでした。
やはり、似たようなことを考え、悩むんですね。
そこはとても面白い発見でした。
苦手にしている女性をここまでアップして描くのは、勢いでもないとできない。
女性は圧倒的に男性よりも色味の変化が繊細で、どうしても女性特有の艶っぽさを描くのが難しい。
今回、乃木坂46の賀喜遥香さんをアップで描いてみた。
実は割と時間が掛かっていて、それこそ東京03のイラストで早く描けた時の物と比較すると3倍くらい作業時間が違う。
割と小さなサイズで見ていると、粗が目立たない時でも、少し大きめになると雑さばかりが目につく。
YouTube にアップして、よく頑張ったと「高評価」を付けてくれた人もいたが、それと同じかそれ以上に「低評価」で知らせてくれた。
低評価を気にしていた時期もあったけれど、誰からも無反応よりはずっといい。
このイラストを不出来だと評価されるのも理由があるけれど、賀喜遥香さんの性格を垣間見たような表情が気に入って描いた。
それが十分に伝わるかは画力の問題だと思うけれど、一生懸命伝えたくて描いたことに偽りはない。
美人に描くことだけが描写ではないし、自身の中にある「形」にこだわると、表現できる幅も失われてしまう。
これはこれで、個人的には良かったと思っているけれど、YouTube にアップすると世間的な反応を知ることができて楽しい。
賀喜遥香さん本人にしたら、もっと美人に描いて欲しいものだろうか。
だったら申し訳ないとしか言えないけれど、個人的には「この表情」という一瞬を忠実に描ける画力に憧れてしまう。
前回、ピンク色のウイッグを被った田村真佑さんを描いてみた。
田村真佑さんの似顔絵を描くことにかなり苦戦してしまった。
そして、今回はさらに賀喜遥香さんとのツーショットに挑みことにした。
ちょうど、軽い逆光で、二人の顔に薄らと影ができていた。
ピンク色のウイッグにも光が当たり、輪郭を形取るように光って見えている。
画面内に収めたい情報量が多くて、二人分の似顔絵を描くだけでも大変なところで、気になるポイントが幾つもあって、終わりが見えないほどだった。
2時間くらい描いては休憩を何度か繰り返し、ここまで描いた所で一応の完成にしたという感じだ。
賀喜遥香さんの似顔絵を描くのは、これで5回目位で、その中でもやっと雰囲気を掴めたように思う。
一方で、田村真佑さんの方は、正面からにしたものの、それでもまだ雰囲気を掴むことができない。
似顔絵を描く時に注意している目鼻口の形と位置関係だが、どうもそれだけでは似せられないポイントがあるのだろう。
輪郭に加えて、頬の盛り上がり方なども、もう少し研究してみないなと思った。
でも、試行錯誤しながら描き続けて、「ここだ!」と言えるポイントを発見した時が楽しいから、まだもう少し田村真佑さんに関しては挑戦してみたいと思っている。
風景画を描くには、人物画では使わない「ぼかし」が重要になる。
しかし、一般的に絵を描く時は、明度差に意識が向かい、輪郭線を追ってしまう。
そんなやり方で躓くのは、例えば「雲」を描く時ではないだろうか。
右のイラストは、下地を塗って全体的な色の配置を確認している段階のものだが、辛うじて右下の濃い雲だけが他よりも手が加わっている。
元ネタは乃木坂46の「帰り道は遠回りしたくなる」のMVだが、もう少し描き込まなければ空の奥行き感が現れない。
最も手間に存在する背中を向けた人物に対し、それよりも淡い色合いでどこまで忠実に色彩を再現できるかで、このような構図のイラストは出来が決まる。
特に、掲載したイラストを拡大してみると、かなり乱暴に着色されていると気づくだろう。
それはつまり、「線」で追わない工夫というか、ぼかしを生かしたいための準備だ。
多分、雲が正確に描ける人は、基礎ができた人だろう。
そこからが創作の始まりで、何をどう描きたいのかが試される。
こみちの場合は、今描いている風景画の完成度で判断できると思うが、基礎が出来つつある段階だろう。
これに加えて、基礎デッサンや使用する絵の具の特性を理解できたら、表現できる幅が広がってくる。
まだまだ、各部の精度が低く、課題を持って挑戦し、できたところと上手く描けなかった部分を分けて、練習を重ねたいと思っている。
このイラストがどれくらいの完成度になるか、自身でも楽しみにしている。
田村真佑さんの似顔絵を描くのは初めてです。
何度が動画で顔を見ているのですが、今回描くシーンはその時に把握している印象とは別人に思えました。
なので、見たままをどこまで再現できるか試される挑戦です。
ピンク色のウイックを描くこともなくて、でもこれも描きたい一品でした。
もう少し胸下くらいまで描こうとも思ったのですが、顔中心の構図になってしまいました。
唇の形が印象的で、こも口元を描くのは大変でした。
目元もカラコンが入っていて、それが印象を変えています。
でも、苦労しましたが、難しい表情だったので、挑戦して楽しく描くことができました。
今、国内で盛り上がっているサッカーのワールドカップ。
そして、そんなワールドカップに関する番組で注目されているのが、日向坂46の影山優佳さんのトークでしょう。
アイドルという肩書きからは想像できないほどのサッカー通勤で、テレビ番組に出演された時も期待以上のトークで共演する元日本代表選手を驚かせている。
YouTube でも本田圭佑さんに影山優佳さんのことを知っているかと質問しているシーンがあって、内田篤人さんとの共演もあってなのか、なかなかの好印象だった。
とは言え、似顔絵を描く場合、あまり顔立ちをよく知らないまま描くと、どう描けばいいのかが分からないことも多い。
そんなの中で、影山優佳さんらしさを感じられるシーンを探してみた。
見つけたのが1年前に公開された「学びの化物」という公式チャンネルの動画。
勉強好きな影山優佳さんらしいトークが魅力的な1分ほどの短いコンテンツでした。
カメラを覗き込むような一コマで、今回はこの場面を選んでみました。
もう少し描き込んだら、YouTube チャンネルの方にも掲載したいなと思います。
夕方くらいになってしまうかも知れませんが。
実はまだ制作中です。
ここはもう少し描こうとか、気になる箇所があまりに多すぎて、どこまで描き込もうか悩んでいます。
兼清萌々香さんって、表情が魅力的だったので女優さんかと思ったら、ダンサーさんでした。
調べると、いろんなアーティストのMVに出演されていて、別のMVでは全くイメージが違っていて、いい意味で驚かされました。
きゃないさんの「バニラ」のMVに出演されていた櫻井海音さんを描いてみました。
MVでは、あまり感情を見せない櫻井さんでしたが、目線がとても遠くにあって、その冷たい印象が曲のイメージに合っています。
そんな表情を描きたくて、挑戦してみました。
乃木坂46の山下美月さんですが、女優として活躍の場を広げています。
撮影が大阪ということもあって、街を散策された動画がYouTube にも公開されていました。
たこ焼きをはじめ、気になったいろんな美味しいものを食べ歩く内容でした。
その中で、赤いタコの被り物をゲットし、躊躇うことなく頭から被り、さらに大阪の街を一人で歩きます。
手持ちカメラに顔を近づけたワンシーンを描いてみました。
情報のアンテナが鈍感なこみちは、「バニラ」がとても流行っていることを知りませんでした。
実際に視聴してみると、Spitzのような雰囲気を持った楽曲で、初回からとても聴き心地のいい音楽でした。
「誰が歌っているんだろう?」と調べていたら、それが大阪出身のミュージシャン「きゃない」さんで、「バニラ」のMVを繰り返し視聴しました。
そこまで気になると、「描いてみたい」という気持ちが芽生え、ちょうど「きゃない」さんがMV内の設定で、何処かの遊園地のステージで歌っているシーンを見つけました。
上手く描けているのかは、YouTube できゃないさんの「バニラ」が視聴できるので、ぜひご確認してもらえたらと思います。
歌が上手いって、憧れますよね。
今回の課題は、光の存在を描くこと。
ちょうど、富田鈴花さんの顔に青色の光が当たっていて、でも頬から首に掛けては青みが薄れて赤みを含んだ肌そのものの色に変化しています。
さらに、ちょうどヘッドホンを耳に装着しているシーンで、手前になる左手と頭部を挟んで右手との奥行き感が感じ取れるのかにも注意しました。
真横向きの場合、奥行きが感じ取りにくくなりますが、少し真横からズレていることもあって、顔の正面と側面の回り込み部分やあご先の丸みなどにも時間を掛けたので、その辺りのボリューム感が伝わっていたら嬉しいです。
ここから、髪の細部までもう少し描写できると、さらに雰囲気がアップするのですが、今回は冒頭でも紹介した光の存在感をテーマにしているので、今回はこの辺で完成にしました。
似顔絵を描く人にとって、真横や真正面という構図は比較的描きやすい。
それは奥行きによるズレがなく、平面的に描くことができるからだ。
描く練習をするためにも、こみちはそんなアングルを避けて来た。
しかし、楽曲「ここにはないもの」のMVで齋藤飛鳥さんの印象的で素敵な表情を見つけた。
シンプルな構図だけに、しっかりと詳細まで描こうと思って挑戦した。
アップしたものは、まだ途中段階ではあるが、これまでに描いた齋藤飛鳥さんのイラストの中でも、気に入っているので、紹介させて欲しかった。
長く乃木坂46を牽引して来た中心メンバーの齋藤飛鳥さんが卒業を発表し、最後の楽曲でセンターを務める。
イラストに描きたかったポイントが、齋藤飛鳥さんらしい瞳の奥でしっかりと遠くを見つめている目元だったりする。
もう少し描きこんだら、YouTube の方にもアップしたい。
最近、積極的に「女性」の似顔絵に取り組んでいます。
今回は日向坂46の「東村芽依」さんです。
こみちの場合、YouTube にある日向坂46の動画から東村芽依さんのことを知ったのですが、初めて見つけた時はモジモジとしている妹キャラっぽい女の子に思えました。
ところが、50メートル走だったか運動している東村芽依さんを見つけて、印象が一変しました。
小柄で非力な雰囲気はどこへやら。
めちゃくちゃ走るのが速かったのです。
日向坂46がまだ、ひらがなけやきと呼ばれていた頃、漢字欅の面々との対抗戦でリレーがあり、そのアンカーを東村芽依さんが務めています。
両手を高々と挙げて、ゴールテープを切る東村芽依さんはとてもかっこよかったです。
そんな訳で、東村芽依さんの似顔絵を、彼女らしい雰囲気が感じられるポーズを見つけて描いてみました。