XG HINATAさんを描いてみた!


 

たまたま見つけたシーンで、数年前のものではないかと思っています。

顔立ちがイメージしているHINATAさんと違っていて、そんな時も今の顔立ちに寄せず、見たままを描いくようにしています。

なので、ちょっと印象が違うのはご了承ください。

描きたいポイントとしては、よく晴れた日の明るい日差しを全身に浴びて、ピースサインをしてカメラ目線のHINATAさんが感じられること。

髪の影響で顔に僅かな影ができて、そんな雰囲気を再現する描写に憧れて、これまでにも数回描いています。

自然な奥行きが感じてもらえたら嬉しいです。

こみちチャンネルでは、この時の描写も動画にしました。

小さな課題を見つけて、ボチボチと描いています。


乃木坂46 中西アルノさんを描いてみました!

 


中西アルノさんが歌う「思い出でが止まらなくなる」を聴いて、彼女が歌うカバー曲をよく聴いています。

元々、歌が上手いことは知っていましたが、「聴いている人が心地よい」を追求されているのか、本当に驚きました。

才能の種は誰もが持っていて、でもそれを全力で磨く人ってそう多くなくて、どこかでやめてしまうもの。

絵が上手くなりたいけれど、なかなか上手くはなれなくて、だからこそ、アルノさんの歌が心地よく感じます。

乃木坂46 6期生 鈴木佑捺さんを描いてみる

 


乃木坂46 6期生の鈴木佑捺さんを描いてみました。

あともう一歩描けたら、彼女の雰囲気に近づけるのだと思うのですが、その一歩が課題です。

線で顔のパーツが構成されていないタイプで、印影が表情に影響することもあって、色味の変化がしっかり追えないと、イメージしているような雰囲気になりません。

その辺りの難しさは、同じ6期生の森平うるみさんにも感じます。

またいい勉強になりました。

乃木坂46 森平麗心さんをもう一度、描いています!

 以前にもチャレンジしたのですが…


今、描いている途中段階。

全体的に色が乗り、そこからどこまで理想に近づけるかですが。

森平さんらしい雰囲気がまだ盛り込めていないので、何をどう描けばいいのか、ボチボチと手直ししながら探っているところです。

正直、やはり描くのが難しいですね。


乃木坂46 増田三莉音さんを描いてみました!

 


昨夜の放送、乃木坂スター誕生! SIXで、増田三莉音さんが博学な一面を披露されていました。

運動オンチな面が可笑しくて、全く違う一面が先行していて、それがタレントとしての資質なんでしょう。

ふとこんな表情を見せるのも、またいいですよね。

乃木坂46 増田三莉音さんを描いてみました!

 


増田三莉音さんを描いてみました。

衣装を選ぶ回のワンシーンですが、似ているでしょうか?

乃木坂46 6期生 森平さんを描いてみました!

 


今回、描いたのは乃木坂46、6期生の森平さんです。

乃木坂46を知るまで、アイドルに興味を持ったことがなかったのですが、yoadobiさんの「アイドル」でも歌われているように、「アイドル」ってとても不思議な存在です。

可愛いこともキレイなことも求められますが、それだけに留まらず、いろんな角度から「アイドル」としてパフォーマンスされる彼女たちを見ていると、凄い方々だと思います。

また、今回、森平さんを再び描いてみたかったのは、1回目の時に上手く描けずに玉砕したので、リベンジしたいと思ったのと、彼女特有の雰囲気を描いてみたかったからです。

形を追うことではどうしてもその雰囲気が出せず、どこがどう違うのか、今回は本当に悩んで試してを繰り返しました。

その中で偶然に気づいたことや失敗という経験も増えて、チャレンジがいい勉強にもなりました。

XGのメンバー3人を描いてみました!

 


今回は雰囲気重視で描いてみました。

厳密に確認すると、かなり適当に描いていたりするのですが、全体として雰囲気が上手く伝わっていたら嬉しいです。


youtube に『こみちチャンネル』もあります。

制作シーンを紹介しています。


乃木坂 大越ひなのさんを描いてみました!

 

大越ひなのさんが見せる「笑顔」ってとても特徴的ですよね。

そんなイメージが上手く伝わっていたら嬉しいです。

ある意味で、本来居るべき場所とは違うと何かと窮屈で、まわりの反応ばかり気になってしまうのでしょう。

でも乃木坂46に入って、大越ひなのさんが秘めていた自分の魅力を解放させることができたら、一気に輝くのでしょう。

だから余計に、これまでいろんなことで苦労も多かったんじゃないかと気になります。

大越ひなのさんの笑顔には、そんなイメージもあるんですよね。

何だか気になって、そんな「笑顔」を描いてみました。

新たな描いて何がどう変わるのだろう?

 


一見すると、同じ絵を二枚並べたように見えるかもしれません。

ですが、以前に描いた「左の絵」に加筆して「右の絵」に変わりました。

原画を何度も何度も観察し、描いた絵との違いをまるで間違い探しするように見比べて描くのですが、ある程度描いてしまうともう違いにも気づけなくなってしまいます。

それで最初の完成を迎えて、左の絵が完成しました。

ですがふと見てまだ修正できるように思えて、加筆してみようと思いました。

それぞれの修正はわずかですが、全体としてはこれだけ違って来たと思います。

この気づきが絵師としての成長につながると思うので、とても地味ですが大切で有意義な時間だと感じます。


XG 「HINATA」さんをアップ予定です!

 


今回はこの一枚を描いてみました。

明暗の強いシーンなので、「光」の存在を必然的に描くことになります。

また光が緑色のようで、肌に緑の色を残します。

肌の色味が緑色と赤味が入り混じり、その描写が問われる今回となりました。

そもそも、HINATAさんを描いたものなので、少しでもご本人に似ていると嬉しいのですが、どうでしょうか?


以前描いたものに加筆して

 

こちらの一枚。

本当は左右がもう少し広かったのですが、高画質の画像をXGが公開してくださっていて、それを参考にしてもう少し細かな色味の調整などを加えてみました。

まだまだ下手ですが、少しずつ成長も感じられるので、結果に焦らずに根気強く続けていきます。

ありがとうございました。

乃木坂6期生 増田三莉音さんを描いてみました!

 


ふと描いてみたくなって、このシーンを描きました。

雰囲気が少しでも伝わっていたら嬉しいです。

頑張っている人を見ていたら、応援したくなりますし、勇気をももらえますよね!

XG HARVEY さんとHINATAさんを描いてみました!

 


今回描かせてもらったのは、こんなシーンです。

描く上でテーマが変わったと思えるのは、それぞれの「似顔絵」を描くのではなく、表情筋を使って表情豊かに戯けるシーンにチャレンジできたこと。

さらに言えば、直立しているのではなく、それぞれが絶妙に体のバランスを崩して、表情をつけてポーズしてくれました。

お二人が視線の先に何を見ているのか、気になりますよね。


XG HINATAさんを描いてみました!

 似顔絵ではなく顔描写として

今回描いたXG HINATAさんですが、少し手応えを感じました。

顔を描くことは、これまでにも何度もあるのですが、「イラストを上手に描けるようになった」ではなく、「その人らしさをもう一歩深く描けるようになれた」と感じたからです。

もちろんその成果が今回だけで完全に達成できた訳ではありませんが、これからの描写でその成果が出せるようになると願っています。

これまでの練習で、到達したいと思っている領域にまた一歩近づけたと思いました。

こみちチャンネルでも、地味に描くことを楽しんでいます。

良かったら、その成長する様子を見守って頂けたら嬉しいです。

XG CHISAさんを描いてみた!

 


今回描いたのは、XG CHISAさん。

パフォーマンスしているシーンではなく、ファンからの手紙を真剣な眼差しで読んでいるところ。

喜怒哀楽のような感情を描写したいのです。

満面の笑みのような感情ではなく、日常的な場面で見つけた表情を追いたいのです。

もたもたのもったん



誰を描いたか分かるでしょうか?

完成度というよりも、雰囲気で「嗚呼〜」と伝わってくれたらと思います。

今まで、アイドルの方々をこんなに注目することがなったんですが、youtube などで公式チャンネルなどを観ていると、段々と人柄が分かって来て、「みんな頑張っているなぁ」と勇気とか癒やしを分けてもらっています。



もうすぐyoutube チャンネルにアップ予定!

 今回はXG JURIAさんを描いてみました!


IN THE RAINのMVで使われていたシーンから描いてみました。

とってもレトロな雰囲気で可愛いくもかっこよくもあります。

ストールを被ったJURIAさん、いいですよね!

XG HINATAさんを描いてみました!


 

今回は前回の別カットです。

肌のトーンを原画に合わせたくて、色味だけではなく、明度も合わせたくて時間を掛けました。

方向性が合っていたら、もう少し描き進めるとあるタイミングで急にリアリティが出て来るはずですが、現段階ではそこまで近づけませんでした。

原画に比べて、描いた絵はどうしても中間色が弱く、滑らかな階調にならないことで、思っているような仕上がりにならないのかもしれません。

実はこの「壁」、昔にもチャレンジしたことがあって、その時も答えが見つからずにそのままになっていました。

軽い気持ちで描くことを楽しんでいますが、段々と微妙な領域に進んでしまっているかもしれません。

ただ、このこだわりは、上手く乗り越えられると、一気に作風が変わるくらいの変化なので、今回は答え探しを焦らずに、しっかりと楽しんで行こうと思います。

そんな、ご報告でした。

結局、「ART」って何でしょうか?


 

上の一枚が最近、youtube にアップした絵です。

最近、ARTが何なのか、分からなくなって来ました。

厳密には思っている理想は変わっていなくて、でも世間的な感覚とズレているのではとも思うのです。

ザックリといえば、「上手い絵」ってあまり必要ではなくて、その理由は写真との差別化からです。

まして、AIを使えば、もう映像されも簡単に作れてしまうので、結局は「人がしている」ことに価値も持たせることがポイントに思います。

数あるシーンの中で、なぜにここを選んだのか。

描くこと以上に、選んだ意味に価値があると思うんです。

例えば今回のこのシーン。

角田さんが笑っています。

つまり、描くのは、「角田さんであること」と「笑っていること」です。

そしてもう少し紹介すると、「その笑顔」に価値があります。

これが、にっこりと笑っていてもダメで、笑っている表情ではなく、この笑い方に意味があります。

それをお伝えするための画力が必要で、そうなるためにさまざまな練習行程が出て来ます。

例えば、AIに「笑っている角田さんを描いて」とお願いし、写真同等の品質で描くことができたとして、でもそこに「あの笑い方」を感じなければ、笑っていることは伝えられても、あの雰囲気を伝えることはできません。

経験を活字に起こし、それから描いた絵は、何度もフィルターを通すことで画一的になります。

でも何となく言葉にはできないけれど、感じている想いがあって、それを表現したい時には、活字に起こすのが困難です。

言い換えれば、それを言葉でお伝えするには「小説化」しなければいけないかもしれません。

伝えたい感情が、言葉にもできることなら、もしかするともう人間が関わるアートではないのかもしれません。

もちろん、画力向上の練習としては必要ではありますが。


XG HINATAさんを描いてみました!

 


以前から、HINATAさんを描くのに苦戦しています。

というのも、彼女特有の雰囲気を感じていますが、どうしてもその雰囲気に近づけないからです。

目や鼻など、何度も観察してどこが違うのか、くまなく探しているものの、今の観察力では発見できません。

こみち自身、今後も「絵を描いていきたい」と願っていて、いつか職業にできたらと思ってもいます。

器用なタイプではないので、コツコツと続けることしかできませんが、諦めずに頑張ります。

ではでは。

XG JURIAさんを描いてみました!

 XG JURIAさんを描いてみました!


最近、心掛けているのは、女性の肌質をどう表現すればいいのかということ。

そのためには、いくつかのステップがあります。

最初は、対象物の形を正確に捉えるために、花などの静物がオススメです。

なぜかというと、少しくらい形が不正確だとしても、雰囲気だけで見る人にからです。

そこから車など、ある程度形を正確に捉えなければ、車種を伝えることはできません。

なので、「どこかにある車」ではなく、「どの車種なのか」まで描けることが目標でした。

人物画は、それらをクリアして望むステージだと思っていて、さらに言えば男性の方が描きやすく、女性を描くことはとても難しいです。

その一つには、男性向けの色彩と女性向けの色彩は好みがかなり違います。

つまり、男性である描き手が女性を描く時に、色彩の違いを知らなければ、どうしても女性の持つ雰囲気を再現できない可能性があります。

実際、今回チャレンジした「JURIA」さんに関しても、肌の色は似た色を何色も使っています。

この微妙な変化を再現できるようにならないと、どうしてもリアルにはなりませんし、どこか絵っぽい感じが強まります。

どんな風に描くともう少し実在する女性として描けるのか…。

そんな試行錯誤に向き合って描くことを楽しんでいます。


XG MAYAさんを描いた時のもの

 



目指したい領域があって、この時もこの先に「それ」があると感じていて、また描くことが楽しくなって来ました。

画力は急に成長するものではありませんが、段階的に描ける広さや深さが変わることもあります。

この頃、そんな兆しも感じていて、今回の一枚からも少しですがそれを伺わせてくれます。


XG HINATAさんを描いてみました!

 


もう少しで、ガラッと変化するかもしれません。

一気に画力が向上するような気配を感じるからです。

画面の隅々まで全力で描いたというよりも、目指している感覚に近づいた部分があったことと、今回はまだそこまで得られなかった部分があって、それらが整ってくると画力が一変すると思うのです。

ジワジワと上手くなるタイプではなく、階段的に段階を経てできるようになるタイプで、その意味ではもう少しでまた新たな領域に届くかもと思ったりしながら、その開花を待ち望んでいます。



スケッチって何でしょうね?

 最近、Xのおすすめがアート系になってしまった…

自身が投稿するものが「描いた絵」なので、オススメされる記事も段々とそれになってしまうのでしょう。

描くことが好きで、これはずっと続くものに変わりなくて、やめるとか続けるということではなく、「あっ、この場面忘れたくないかも」と思った時に描きたい衝動になります。

そして、今回そう思った場面が、右の一枚。

触れた瞬間ではなく、触れそうな瞬間だからいいと思っています。

近づくことで、肌に相手の体温が感じられて、目を閉じていても近いことが五感でも感じとれて、「今、触れるかもしれない」と期待とときめきがあって…。

形を模して、色をつけることが絵を描くことなのかというと、そうではなくて、絵を見た時に見た人の過去の経験や想像にどこまで近づけたのかではないかと思うのです。

なので、例えば雪が積もる北国の駅前の景色とか、それはそれで味がありそうなことは分かるのですが、今のこみちが描いてみたいのかと言うとそうではないんです。

よく通勤中に電車内の乗客を毎日のようにスケッチしていましたが、残っているスケッチブックを見返すと形ばかりを気にしていて、今とはまた違う思いで描いていたのだと感じます。

どうすることが正解ということではなく、何をどう描きたいのか、それをどう描くことで伝えられるものになるのか、今はそんな気持ちで描くことを楽しんでいます。

今回の一枚もまだまだだなぁと思いつつ、でも、ここまで描くことができるようになるまでも、たくさんの失敗をして、またチャレンジしてを幾度も繰り返しての今だったりします。

伝えるだけなら、「画像」でもいいはずで、「描く意味」は描き手の思いが場面に少し乗ってくるからでしょう。

それこそ、完コピが最終目標なら、技術力を上げるだけでいいのですが、描く意味を考えると、どう感じるのかという感性も養わないと絵は上達しないと思います。


XG 『HARVEY』さんを描いてみました!

 HARVEYさんの明るい雰囲気を再現したくて…

確か描いた右の一枚は、ライブ後のダンスタイムみたいな時におどけたHARVEYさんです。

それまでかっこよく決めて、「アハハ」って感じで満面の笑顔になったという一瞬です。

誰を描いたのか?という似顔絵もいいのですが、こみち的にはもう一歩踏み込んで、その人らしい一瞬を描きたいと思うんです。

この一枚、どうでしょうか?

HARVEYさんらしさが上手く伝わっていたら嬉しいです。

XG JURIAさんを描いてみました!

 JURIAさんを描いてみました!

兎にも角にも描くことが好きで、実力よりも少しれべの高いモチーフに出会った時に、あれこれと工夫しながら描くことが楽しいんです。

そんな中で、新たな発見もあって、例えば今回の一枚を描いた時にも起こったのですが、「だから、描くのって楽しいんだよなぁ」と思ったりするのです。

右の絵はスポットライトを浴びたシーンですが、光の描写はいつも不思議です。

というのも、描いていない部分でさえ、いつの間にか脳が見えない部分を補うことで、意味ある形として認識しようとするからです。

youtube のこみちチャンネルの方には、この絵の制作シーンを掲載しているのですが、途中で急に見え方が変わるタイミングがあって、その瞬間が面白いと感じます。


XG COCONAさんを描いてみました!

 何をどう描くのか?


 XG COCONAさんを描いてみました。

似顔絵というよりも、雰囲気を描くことを目指しています。

まだまだ創意工夫しながら、描写力を高められるように頑張ります。


今年も描き納め!?

 今日描いたのは…

XG JURINさんです。

視線がとても印象的で、このシーンを描いてみたいと思ってチャレンジしました。

今年も好きなシーンや気になったシーンを描いて来ましたが、これで一応描き納めです。

来年もまたボチボチですが描いていきますので、良かったらお立ち寄り頂けたらと思います。

今年もありがとうございました。

そして、来年もよろしくお願いします。

極端なアングルを描くために

アングルの変化を楽しむ

絵を描くことを楽しむために、描画力を高めることも必要ですが、それ以外にも「アングル」に着目するのもありです。

例えば「花」 を撮影する時、歩いて立ち止まって眺めるいつものアングルではなく、しっかりと屈んで下から空を見上げるような方向から眺めてみるとまたち違う表情が見つかります。

今回は、まさにそんなアングルの変化を楽しむ一枚だと思います。

このシーンは、XGのCOCONAさんが撮影中にマスクを手にして休んでいたところです。

これが被写体と同じ目線になってしまうと、特に面白いシーンではなかったかもしれません。

しかし、ふと見つけたような意外さが加わることで、よりシーンを興味深くさせてくれます。



アップな構図に挑戦しました!

 描いたのは XG CHISAさん


今回は画面の大半が顔になる構図です。

ここまで大きいのは、自信がなくて描けませんでした。

でも、髪の描写と、右目にピントが合っていて他がボケている描写をどこまで再現できるかチャレンジしてみました。

難しいシーンは大変さもありますが、やっぱり描くのは楽しいですし、少しでも表現の幅が広がればいいと思います。

ボチボチですが、頑張ります!

今回はXG HINATAさんを描いてみました!

 前回の失敗を反省して!?

今回は、以前描いたHINATAさんのワンシーンを描くことにしました。

男性に比べて女性を描くには、髪と肌の描写が特に欠かせません。

こみち自身も試行錯誤しているポイントですが、色の変化をどこまでしっかりと描写できるのかで完成度が変わります。

ステージで歌うHINATAさんにスポットライトがあたり、熱唱する歌声が聞こえて来そうです。

そんな臨場感を一枚の静止画で表現したいのですが、どこまで描写できたでしょうか。



絵を描くことを「生涯のライフワーク」にしたいです!

 絵を描くこと

過去に、絵を描くこと、と言ってもデジタルでの話ですが、対価を得て「描くこと」を仕事にしていました。

最も「描くこと」だけではなくて、「デザイン」というとカッコつけていますが、顧客の話を聞かせていただき、その希望を「形」にすることを職業としていました。

なので、photoshop もillustratorも長く愛用して来ました。

ですがいろいろあって、その道から離れて、全く違う職業へと進みました。

元々、器用でもないし、頭がいいわけでもない。

どうにかこうにか、みなさんの邪魔にならないように働き、生きて来ました。

そして、今になって「自分とは?」と振り返ってみると、「描くこと」が好きで、その道を手放してはいけないことに気づき、youtube にチャンネルを設けて、細々ですがマイペースで描いては公開しています。

もう2年くらいは経つでしょうか。

活動は地味ですが、いろんな方が立ち寄ってくれて、コメントを残してくれました。

本当に感謝しかありません。

絵を描くことが好きだと言っても、才能があって続けている訳でもなく、正に下手の横好き意外の何ものでもないのですが、それでも自分には「描くこと」だけは大切にしなければと思っています。

右上の絵は、最近好きでよく聴いている「XG」のメンバー、JURIAさんを描いたもの。

描くことが遅くて、精度を高めることに没頭出来ずに完成にしていることもあって、出来はどうしても妥協があります。

それでもいろんなシーンを描写して、段々描ける範囲や深さも増して来たのではないかと思ったりしています。

この文章をどれだけの方に読んでもらうことができるのかも分かりませんが、こみち自身の決意というか、心づもりを記しておきたいと思って書きました。

まだまだ修正点も学ぶことも多いと思いますが、一回一回のチャンスを精一杯頑張ります。

速く進むことはできないのですが、一歩ずつ信じたい方へ歩き続けたいと思います。

空間を描くために

 絵を描くとは何か?

実際に試みたことはありませんが、巷で見聞きするAIを用いた「絵」が登場し、描く意味が失われつつあります。

というのも、時代の流れがとても早く、一方で精密な絵を描くのは時間も掛かります。

つまり、描けるかどうか以前に、「こんな絵が欲しい」というタイミングに合わせられるのは、人が描く絵よりもAIの方が向いています。

では我々絵を描く者が、描き続けるために何をすればいいのでしょうか。

それは「視覚化」されたものではなく、そこから伝わる「心の動き」を見つめることです。

あくまでもこみちの個人的な見解ですが、見慣れた情景にBGMを重ねると、喜怒哀楽を演出できます。

その理由は、音楽には感情を動かす効果があって、その力を上手く重ねることで、本来なら何の感情もなかった風景をより印象的に見せることができます。

つまり、絵を描く時も、見る人にどんな感想を持って欲しいのかをイメージできれば、形を追うことだけに終わってしまうことがなくなります。

というのも、トレースした下絵で描くと、デッサンの技能が省けるので、比較的簡単に描くことができますが、完成した絵を見た時に不思議とどれも同じような感覚があります。

これが作風と呼べるものまで磨ければいいのですが、喜怒哀楽のような感情を伝えているかは描き手で確認しておきたいポイントでしょう。

「光」を描きたいと思った理由


「光」は、日常生活でも目にします。

それくらい欠かせないものですが、改めて描こうと思っても、意外と描いたことがないと思ったりします。

それは、「光」は描くものではなく、言ってしまえば周囲の暗さとの対比で感じるものです。

なので描き始めは全く光を感じないのに、ある程度色が重ねられて、段々と存在が感じられるようになります。

今回、チャレンジしたものが右側の一枚ですが、やはり光そのものを描いているのではなく、周囲の暗さから、見た人が「光」を認識してくれます。

まだまだイメージして描写ではありませんが、チャレンジしてよかったです。

みなさんも機会があれば、ぜひチャレンジしてみてください。


XG COCONAさんを描いてみた!

 COCONAさんを描いてみました!


今回描いたのは、こちらです。

COCONAさんが片膝を付いて、今にも飛び掛かろうとするくらいの気迫でこちら見つけたシーン。

普段とは描き方が異なり、線でしっかりと当たりをつけるのではなく、粗い下書きだけで着色して行くスタイルにしたこと。

こうすると、精密度は低下しますが、印象度は高まるので、このシーンに関しては今回のような試みもありではないかと試してみました。


XG HINATAさんを描いてみました!

XG HINATAさんを描いてみました!

今回はメンバーの中でも描くのが難しく思っている『HINATA』さんです。

なぜ難しいと思うのかは、顔立ちの特徴を掴むこと以上に、HINATAさんに感じる雰囲気をまだ表現できないから。

他人がどう思うかは別として、個人的な経験では「雰囲気」を感じ取れるとは、その人の表面的かもしれないけれど、接し方が分かることに似ています。

「こんな表情するよなぁ〜」という記憶が増えると、段階とその人との接し方も分かってきたように思えます。

そんな意味で、まだ「HINATA」さんは雰囲気がつかめません。

思うに、もう一歩踏み込んで接したら全く印象が違うからかもしれません。

だから、描いていても何か違うという違和感が払拭できないので、何度か描いていてもまだ苦手意識が抜けないのでしょう。


XG HARVEYさんを描いてみました!

 XG HARVERさんを描いてみた!

今回は、HARVEYさんです。

今までも東京03のようなコントシーンでは、男性出演者の全身を描かせてもらうことはありました。

しかし、苦手だった女性は、先ず顔をしっかりと描けるようになって、後々に様々なシチュエーションの描写ができるようになりたいと考えて来ました。

そこで、今回は完全な全身ではありませんが、スタイルを含めて描かせてもらえるモチーフを選んだので、チャレンジしてみました。

まだまだ、修正するべきポイントがあるとは思いますが、描くこと、描けるように少しずつ進歩できることに感謝しています。



XG COCONAさんを描いてみる

 COCONAさんを描いてみる!


今回、こんな感じのCOCONAさんを描いてみました。

イラストよりも絵画っぽい雰囲気になったかも知れません。

XG HARVEYさんを描いてみました!

 今回描いたのは「HARVEY」さんです!

難易度が高く苦戦しましたが、今の画力でどこまで再現できるのか頑張ってみました!

動画では、苦労しながら描いた痕跡が伝わると思います。



こんなXG関連の絵を描いています!

 こんな絵を描いています!

画面の中央に描きたいモノがあるというよりも、生きている一瞬を切り抜いたような絵に興味があって、例えば下のようなものを好んで描いています。



他にもアップしています。

お時間があれば、立ち寄ってもらえたら嬉しいです。


『X(旧Twitter)』を再開することにしました!

 久しぶりに「画像をアップ」したので…

画像をアップしたのは『X』に変わって初めてで、すっかり使い方忘れてしまいました。

段々と慣れてきたら良いかなぁと思って気楽に始めます。

投稿した一枚は右の絵ですが、描く情報量が多くて、描くのが遅いこみちにはかなり焦る作業でもありました。

描きたいイメージはあっても、そこまで到達できないもどかしさもあって、どうにかこんな感じで仕上がりました。

「こみちチャンネル」でも紹介しているのですが、描く楽しさをみなさんと共有したいものです。

これから絵を描きたい人が「デッサンをより早く上達するために…」

 「デッサン」とは何か?

絵を描く方法は、大きく分けると2つのパターンがあります。

「落書き」のように描き手の感覚で描く絵と、「デッサン」のように描くべきものがあって、それに描き手が合わせる絵です。

プロの絵描きやイラストレーターとして活躍するには、「落書き」のような描き手の感覚をフル活動させたものに行き着く訳ですが、それでも「デッサン」を学ぶ価値は確かにあります。

「デッサン」というと石膏像を描くイメージかも知れませんが、こみちが思う最も上達の早い方法は、上手い人の描いた絵をたくさん見て学ぶことではないかと思います。

言ってしまえば、デッサンも経験を重ねるほど上達すると思うのですが、毎年同じくらい上手くなるものではなく、ある段階まで一気に上手くなって、その後はあまり伸びないこともあれば、経験を重ねてある時にグンと上達し、それは早々と上達した人よりも数段奥深い部分まで描けるようになっていたりします。

目の前に「りんご」が置いてあってデッサンした時に、先ずは「球体」をイメージして描くのは初心者にとって早く上達できる良い方法です。

そこから、鉛筆であれば、線の引く方向があると教えられるでしょう。

しかし、何度も描いていると、方向などは大きな問題ではないことにも気づきます。

なぜなら、少なくともりんごには線など描かれていない訳で、粗っぽい線だから方向に気をつけた方がいいという話で、描き慣れればその粗さは自然と解消しますし、明らかに間違えた線も引かなくなるからです。

例えば、大学の受験問題で、「真っ白な紙」をデッサンしなさいという出題があったら、どんな風に描くでしょうか。

その描き方次第で合否が決まるという大きな舞台で、とてもシンプルな描写を求められたら…。

ある意味、「りんご」はほどほどに複雑で情報もあるので初心者にも手頃で描きやすいモチーフです。

しかし、「白い紙」までシンプルになると、四角を描いたらそこから何をすれば良いのか戸惑います。

例えば、畳一枚を描くとなれば、白い紙を描く時と途中まで同じですが、実はそもそもの話として、四隅全ての「焦点距離」が本当に合っているものなのかから疑うことも必要です。

また、テーブルなどに置かれた紙の場合、紙によって作り出された影や、紙が外光を反射して周囲よりも白く輝いて見えるかも知れません。

つまり、描き方を知っているだけではデッサンはあるレベルまでしか上達できなくて、その先に行くには「紙の描き方」ではなく、「問題の意図の汲み取り方」が問われていたりするのです。

例えば、テーブルの上に置いたはずの紙が、横風でふわりと波打つように舞い上がった一瞬をデッサンしていたらどう評価するでしょうか。

紙は軽いので、簡単に風に吹き飛ばされます。

実際にはそれが起こっていなかったかも知れませんが、個人的には面白い着眼点だと思うのです。

つまり、デッサンとは、その一瞬を意味していて、ずっとそこから動かないように見えても、いつかはその場から移動されるであろうとも「モチーフ」を今描きます。

その瞬間に存在しているということをどれだけ、いろんな角度から観察し、平面図として再現できるのかが問われています。

適当にハイライトが当たっているはずはなく、また影も同じで何となく存在しているものではありません。

そんな風に観察してみると、デッサンは描く技術ではなく、観察力や想像力を試されていると気づくでしょう。

ある段階までは上達したのに、そこからほとんど伸びなくなってしまうのは、絵を「描く技術」と考えているからかも知れません。

上手い人の絵をたくさん見た方がいいというのも、上手いと感じるには理由があって、その時々で思う「上手さ」は変化していきます。

初心者が上手いと思う絵と、中上級とでは違っていたりするのも、経験を重ねてその難しさに気づけるようになるからでしょう。

絵を描くことは本当に楽しいことですが、「いつももうこれ以上は出来ない」と思いながらもがいていると、時々、新たな発見があったりして、それがまた嬉しくて頑張りたくなります。

こみちもまだまだこれから上達したいと思っているので、みなさんの応援や励ましに感謝しています。


いきなり上手くはならないから一歩ずつ進んで行こう!

 XG HARVEYさんを描いてみた!

最近の描写で特にこだわっているのは、女性の「肌」を描くこと。

男性と比較して、女性の肌は透明感があるので、それだけ色味の変化が微妙に変わります。

「描く」という行為以前に、「どんな色」かを見て判断することが難しいんです。

少し細かく言えば色味数%の変化に気づくことが大切で、それは当たり前にできる訳ではなくて、時間帯や体調の変化でも感じられる繊細さが変わるので、それをできるだけ安定させなければいけません。

今回の一枚以外にも、最近はその微妙な変化を感じられるように頑張っています。

絵が好きで、描くのが好きという人はたくさんいると思うのですが、描くことを通じて仕事や趣味に繋げるのは簡単ではなくて、だからこそ「あと一歩だけ」前に進むことをいつも思って描くようにしています。

なぜって好きなことなので、せめて自分から制限しないようにしたいです。


僕たち「絵師」は「AI」とどう共存するべきか?

 「AI」は何を描いているのか?

めちゃくちゃ真面目なことをテーマにあると、「AI」が「自己思想」を持っているかどうかで現時点での話も変わると思っている。

例えば人間認識できる「画像」をAIが自動で作ったとしても、実際にはまだ人間が描いて欲しいヒントを与えなければいけないのなら「自己思想」を持っているとは言えない。

つまりそれは、まだAIは言われた情報を使って「多分」という画像を作り、それを最終的に人間が判断しているから。

そうではなく、AIが自分のタイミングで画像を作り出し、そこに人間にとって意味や価値あるものとして「受け手」になった時、いわば僕たち「絵師」と同じポジションに立つのだろう。

ただ、時代の変化は凄まじく、完璧な完成度が常に求められているのではなく、時にはその前段階のイメージ部分だけでも十分だったりすることが増えていて、その意味ではAIが「自己思想」を持っているかどうかよりも、社会的なニーズに素早く応えてくれる存在であることに大きな強みがあるだろう。

こみちなどはどう頑張って描いても、1日で絵を仕上げるスピードはないし、もしもそれを強行すれば疲れてしまって段々と質が下がってしまう。

ところが、そんなことを100倍、1000倍、もっと速いスピードで行えるなら、それこそ描く「スピード」という意味ではもう太刀打ちできないだろう。

「絵」を描く意味

見た情景を残すなら、例えばカメラで撮影した方が描くよりもずっと簡単で手軽で、正確だろう。

だから、描いた「絵」の上手いか下手かの判断は、カメラの撮影と比較すると全く異なるレベルの話で、どんなに上手い人の絵でも、今のカメラよりも高精細に描くことはやはり無理がある。

だとするなら、絵を描く意味はどこにあるのか。

それはカメラでは写しきれない「見えない情景」をどこまで描くことができるかになる。

料理にもいろんな味付けがあるように、「素材」だけを提供することが料理ではないから、「絵を描く」時もそこに描き手の感情やその場の雰囲気や臨場感、色味や濃淡など、伝えたい「感情」にどこまで寄り添うことができるのかが大切だ。

いわゆるデッサンは、目の前の情景を残すための技法だが、言ってしまえばそれは「テクニック」に過ぎない。

よく、空気感や質量、光の存在などをデッサンの完成度を評価する際に用いると思うけれど、そこにある程度の描き手の選択はあっても、いわゆる「絵を描く」意味には至っていない。

というのも、上手いと言われる人の絵とプロの絵の違いは、見れば明らかに気づくだろう。

例えば、音程通りに歌える人を歌が上手いとはいうけれど、それで「プロ」とは呼ばないのに似ていて、受け手がしっかりと良さに気づき、そして意図を受け取れたことに大きな意味があるからだ。

例えば、上手い絵には違いないけれど、そこにどんな理由や意図があるのか全く分からないとしたら、その絵を自分の部屋に飾ろうと思うだろうか。

逆に、まだ幼い絵だとしても、それが我が子の描いてくれたものだったら、その絵を見るだけでホッコリしないだろうか。

つまり、これこそ絵を描く意味で、例えばAIが子どもの描いた絵を真似ても、それに感動する人はいるだろうか。

「XG」を描いている理由

そもそもは「XG」の音楽が好きになったから。

そこから「XG」の映像も見始めて、グループ誕生の経緯や一人ひとりの個性も分かって来た。

「この「娘」、よくこんな表情をするな」とか、「この笑顔っていいなぁ」とか、ステージに立っている時以外の表情も気になったりする。

それはみんな同じではないし、違うからこそで、さらに「XG」として大きな結びつきも感じられるから、自分たちのグループを大切にしていることが伝わるし、ファンの端にいるこみちみたいなにわかにも癒しを与えてくれる。

時に「何でこのシーンを描いたの?」と思われるかもしれないが、表情や仕草が気に入ったり、絵を描く上で伝えられるだろうかという絶妙な雰囲気を捉えたくなったりもするから。

今はまだまだ描いてみたいと思うシーンがあるので、「XG」の絵を描かせてもらっている。

というのも、グループの活動は永遠ではないだろうし、たまたま曲を聴き、XGの存在を知ることができた訳で、タイミングが違っていたら知らないままだったり、解散とか活動休止などになって後追いで辿ることになっていたのかもしれない。

一期一会だから。

下手な絵を見せられても、嬉しくないかもしれないけれど、少しでもそんな気持ちもあって描いていることが伝わってくれたら、「絵を描く」意味が見つかりそうだ。

なぜAIが描くと「違和感」を覚える人がいるのか?

 絵を描くという行為

絵を描くという行為も、最初から上手く描ける人はほとんどいないでしょう。

形が取りやすい、取れなくても違和感がないなど、描きやすいものから始めて、段々と描けるモチーフが増えてくるというのが「画力が上がる」ということでもあります。

例えば、ボールを丸く描くのは、初心者向けのモチーフです。

しかし、紙風船やボーリングの球など、重さや質感を意識すると中上級のモチーフでしょう。

さらに、照明の当たり具合や使い古された劣化まで意識できると「作品」になるのかもしれません。

言ってしまえば、実際のキャンバスに描く線は、描く内容で変化するものではなく、「組み合わせ」の違いに過ぎません。

ですが、段階を経ることで、より真実に迫る描写ができるのも事実で、それが経験則です。

ここからが「AIの描く違和感」の理由を想像する話になるのですが、デジタルという描写の場合、「線」という概念も後付けで、言ってしまえば「ピクセル」のコントロールさえできれば、実写風にもイラスト風にもできてしまいます。

人物を描写する際、人が描く時には、「現実味」という感覚を持っているので、コレはあり得ないという違和感を無意識のうちに感じとり、避けて描きます。

これは画力が上がる中上級者の方が初心者よりも強く、だからこそ破綻しない絵を描くのでしょう。

一方で、AIが描く場合、そもそも「人間」という概念をどこまで理解しているのでしょうか。

性別や年齢、性格をどこまで感じ取り、描く際の違和感に含めているのか。

つまり、「人」という画像の特徴的な情報を数多く学習し、「人はこんな形」と認識しているのだとしたら、その情報は人間が感じるよりも繊細に分類できているでしょうか。

例えば、アジア人という雰囲気があって、でも日本人というのはまた少し異なります。

関東と関西でも何となく違うと思うのは、骨格というフレームの違いではなく、姿勢や表情、仕草などから感じるのかもしれません。

では、関西人という人物を描きたいからと言って、どんなイメージを浮かべるでしょうか。

身につける洋服や小物、髪型など、今の時代に明確な違いはほとんどないはずで、でも何となく「関西人」と思える癖を捉えられたら、作品としての意味は増します。

しかし、現時点のAIが関西出身とか、お笑いを見て育ったということを踏まえて、人物像に反映させていないのだとしたら、描く絵はいつも、どこの誰か分からない人になってしまうでしょう。

つまり、美人や美男子だとしても、生活感を全く感じられなかったり、性格や人柄が見えない違和感があったりして、それがリアルに描かれることでさらに「何か不思議」という認識を与えてしまうのかもしれません。

別の言葉で言い換えれば、「血が通っている」という感じを表現する難しさを超えなければ表現できないことがあって、その意味ではまだAIの作る絵には無いものがあるのかも知れません。

それ故に、「何か不思議」という無意識の印象を与えてしまうのでしょう。

言ってしまえば、AIには気にならないようなことが、人間には耐え難い「こだわり」になったりするのでしょう。

その問題を解決するには、「上手く描く」という領域の話ではなく、「人間」とか「生きる」のような広い範囲での解明が必要です。

ただ近年、人がAIに慣れることで、違和感を人間の方で補完しているので、「違和感?」と思う人もいるということでは無いでしょうか。

人物画を描こう!

 今の画力でどこまで表現できるのか?

最近、よく聴いているXGですが、彼女たちの表情を見ていると、今の画力でどこまで表現できるだろうと思ってしまいます。

右に掲載したのは、HARVEYさんが祖父母と再会し、嬉しくて満面の笑みを浮かべたシーンです。

真顔と時とは違う目元など、単純に線で追っては追い切れない表現も含まれていて、少しハードルが高いモチーフでした。

また、網目の衣装越しに透けた素肌など、男性を描く時には無い表現も女性を描く場合には多く、画力を問われるので難しいです。

単に似ているという視点ではなく、その人の人柄や雰囲気を再現させたいと思っているので、描きながらどこにその人らしさが溢れているのか、常に感じて描き進めています。

時に最後までしっかりとした手ごたえが得られないこともありますが、あるタイミングで気づけた時は描く楽しみが倍増します。

まだまだ修正と改善の余地がある仕上がりですが、少しでもその場の臨場感が伝わっていたら嬉しく思います。

似顔絵を描く

 久々に東京03を描いてみました!

今回描いたのは、バカリズムさんをゲストに迎えてショートコントを披露した場面。

もしも女子だったらという設定でのネタでしたが、バカリズムさんらしい雰囲気に溢れていて好きなネタです。

ネタを終えて、舞台袖でその様子を見ていた角田さんが現れて、3人がそれぞれ反応したシーンです。

真ん中のバカリズムさんが見える笑顔は、角田さんを見てこその表情だったりしますが、それぞれの性格が伺えるようないいシーンです。

似顔絵というと誰かに似せて描くことになりますが、こみちとしては外見が似ているというよりも、雰囲気を描写したいと思って描いています。

その感じが上手く伝わってくれたら、描いたチャレンジも成功なのですが…。

このイラストで試したかったこと

 このイラストで試したかったこと

デッサンというと、対処物をどれだけ正確に描き取れるか習得することと思いがちだ。

石膏像の模写ばかりしていると、段々とモノクロスケールに脳が勝手に変換して、「形」ばかりを追ってしまう。

しかし、今回の一枚は「似顔絵」という要素よりも、女性特有の透き通るような肌質をどう描けばいいのかに挑んだものだ。

左頬側面に強い光が当たり、前側に回り込むように影がさす。

例えば拡大すると鼻の形などはかなり不鮮明で、でもしっかりと濃淡が再現されると「鼻」に見えて来る。

つまり、「形」が正確だから「伝わる」のではなく、「濃淡」が正確なら「脳」が勝手に理解してくれるということ。

不安になって描き手が「嘘」を描くくらいなら、しっかりと「見えたまま」を追うことで、本当に伝えたいものが勝手に伝わってくれる。

言ってしまえば、色のついた線を重ねているだけなのに、ある段階から何か意味あるものに見えて来るから楽しい。

「描くこと」は、ある段階からそう変わっていくように思う。

思うに、3ヶ月前の画力ではここまで意味ある描写はできなかっただろう。

もちろん、似顔絵として似ているいないという意味ではなく、今後も描きたいと思う方向性を見据えた時に、「これを描きたかった」にはなっていなかったと思う。

まだまだ手ごたえの段階ではあるけれど、描くことが本当に楽しいし、さらに望んでいるような描写ができるまでになりたい。


この一枚が与えてくれたもの

 この一枚が与えてくれたもの

「絵を描く」と言っても、サラッと描く落書き的なものから、油絵のような手順を伴うものまでいろいろあります。

描く目的や表現方法によって合う合わないがありますが、今は紙にスケッチするのと、デジタルでの描画が中心です。

特にデジタルの場合、何度でも描き直すことができるので、それがとても役立っています。

今回、描いた一枚は、XGの「MAYA」さんの似顔絵になるのですが、苦手意識が強かった女性の描画に対し、一定の手応えを感じられました。

こちらの一枚は、全体に占める顔の割合がとても高く、おでこからあご先までの描写が十分でないと、とても単調になってしまう可能性があります。

なので、ある程度、画面にいろいろなものがあると描きやすくなるのですが、この一枚に限ってはそれが試されたことになります。

背景や衣装がかなりシンプルでしたが、どこまで表情を表現し、破綻しないように描き切れるのかという点で、こみちなりの進歩が得られました。

ボチボチではありますが、絵を楽しく描くことをお伝えできると嬉しいです。

「何を描けば良いのか?」を考えた話

 風景?それとも人物?

たまたまある芸能人の方の記事を目にした。

あまり芸能人に詳しくないこみちだが、テレビなどでその方を見かけた時に「明るい」印象しか受けていなかった。

でも、記事によれば子ども時代から苦労していたようで、芸能界に入ることで「家族を支える」役割を担っていたという。

言ってしまえば、明るい笑顔で接してくれる人が、家に帰れば「介護」をしているということだってあり得る。

ちょっと接しづらい雰囲気の人が、もう一歩親密になればとても気さくで面白い人だと気づくこともある。

何が言いたいのかというと、「絵を描く」とは、その人の何を描いているのかということ。

つまり、顔形こそ模写することはできても、到底、その人の抱える生き様を全て描き切ることはできない。

結局、「どう見て欲しいのか?」ということだろう。

全く同じ場所から描いた風景画も、その日の天候や描き手の体調、心理状態によって無限に変化する。

でもなぜ、そのタイミングだったのか?

つまり、それを選んだことに大きな意味があって、描くことの目的も生まれる。

例えば似顔絵を上手に描く人はたくさんいる。

「似てる!」「そっくり」と見た人が驚き喜んでいくれると描いた苦労も忘れてしまうだろう。

でも、こみちの場合はちょっと違う。

最初は「何、このシーン?」と思われるかもしれない。

「全然、似ていない!」とも思われるだろう。

描く技術が未熟で見たままを描けないのは練習するしかないけれど、大切なのは「選択する」という部分。

長く同じモチーフを描き続けていると、後でそれらを見返した時に不思議な共通点が見えて来る。

つまり、その共通点こそが、その人のその人らしい「全て」なのだ。

「よくこの顔するよね?」

さらに観察していると、表情や仕草のキッカケに気づく。

「だからまたこの顔したんだ!」

そうやって段々とその人らしい反応に気づけるようになる。

今は、まだその領域には至っていない。

仕草や表情の中で描いてみたいものを見つけると描けるかなとチャレンジしている段階だ。

今だからこそ試してみたかった

 久しぶりに描きたいと思ったモチーフ

今回描いたのは、XGのジュリアさん。

斬新な構図ではないけれど、立体感や透け感を描けるモチーフなので、現段階でどこまで再現できるのかを試してみました。

まだ機械的な描写になっている気がするのですが、とはいえ現状を知るにはいい機会になりました。

はっきりしないエリア

例えば、アスファルトに打ち付ける雨を描こうと思った時に、「水滴」の描写ができなければそもそも成立しません。

これと同じで、今回の場合、横顔の描写とベールが描けないと他に逃げ場のない構図です。

以前までは、「形」を追うようなモチーフが中心だったのも、逃げ場が多くて誤魔化しもできるからです。

しかし、本当に描きたいものを描こうとすると、似顔絵も似せることで終わってしまうとこみちの場合は未完成で、やはりその場の雰囲気まで描けるのかが課題だと思っています。

つまり、「横顔」に関しても、「誰なのか?」という一面もありますが、「どんな表情なのか?」という視点も生まれます。

無表情の横顔を描いて、それが誰なのか分かることを最終目標にしていないので、「ジュリアさんっぽい」と感じてもらえるかが最大の目標です。


自動生成が普及する中で人はなぜ描くのか?

 「描く」とは?

こみちにとって、「描く」とは写真撮影に似た行為です。

カメラを持って散歩すると、何も持たない時よりも景色をよく観察しています。

何となく「構図」が浮かんで、カメラ越しに景色を眺めてパシリ。

カメラなければ、その道を淡々と通り抜けたはずです。

描くというのも同じで、「描けるだろうか?」ということがポイントです。

似顔絵であれば、誰を描いたのか分かるとか、目や鼻、口の形状や立体感、質感などをどこまで再現できるのかも、描くことの楽しみになります。

一方で、最新のパソコンを使えば、文章の他に絵を描くこともできるそうです。

ネット上にある画像を見つけるのではなく、新たな条件を元に描いてくれるということです。

例えば車の性能

ひと昔前なら、車の魅力にエンジンフィーリングというものがありました。

いわゆる自然吸気のエンジンなら、滑らかに噴き上がるフィーリングが心地良かったり、ターボエンジンなら過給機が作動し、爆発的に加速が高まるワープするような感覚が癖になったりします。

フィーリングとしては全く異なり、でも優劣では判断できないそれぞれの魅力がありました。

しかし、それはシフトチェンジをドライバーが自身で行っていたということも関係しています。

オートマ車が一般的になり、自動的に変速してくれるのに慣れてしまえば、操る楽しさよりも快適さの方が優先されるでしょう。

この感覚は、「描く」にも言えて、初心者がコップや花のようなモチーフから始めて、段々と複雑なものを描けるようになる楽しさがあったのですが、今は自動生成で条件さえ伝えれば、自動的に絵が出来上がります。

苦労なく簡単にできるという意味では、変速を車がしてくれるオートマ車のようです。

未来予想

例えば自動車レースで、卓越した技術を持ってより速く走らせられるレーシングドライバーがいます。

でも、未来には彼らよりも素早く操ることができるAIが登場するでしょう。

それはつまり、我々が「車を運転する」ということがなくなり、「車に連れて行ってもらう」という感覚に変わった時です。

そうなれば、エンジンフィーリングよりも、静粛性の方が大切で、無駄に大きな音である必要もありません。

振動さえない方がいいので、エンジンを始動させても気づかないくらい静かであることが求められるでしょう。

確かにスマホを持ち歩くことが当たり前になって、絵を描く必要性は高くありません。

描くよりも撮影した方が早いから。

そうだとすると、何もかもを機械がしてくれる時代になり、暇になった人間が何をして時間を過ごすのかという時代になります。

それこそ「楽しいマンガが読みたい」と言えば、自分だけに向けて作られた話でマンガを自動生成してくれるでしょう。

でも、これまで絵を描いて無駄だったとは思っていません。

それは冷凍食品がより美味しくなっても、やっぱり自分で料理したいと思うからです。

万人が美味しいと思う冷凍食品も、何度も食べていると飽きて来ます。

メーカーを変えたりしても、やはり飽きが解消されることはありません。

言い換えると自分で作ることで、その飽きが解消されるのは、決められた答えとは違うことが大切だからでしょう。

つまり、パターン化されないということが、人間らしく暮らすには欠かせなくて、便利さは効率的ではあるけれど、時に味気なさも伴います。

絵を描くだけではなく、生活面のいろんな部分が自動的になり、人間は機械に支えられるようになるでしょう。

受け身のままでも不自由はないかもしれませんが、常に受け身のままでは感動も充実感も段々と狭まってしまいます。

その意味でも「描く」という意識が、人間らしさを保つキッカケになり得ます。

絵を描かなくとも、カメラ撮影でもいいので、少しいつもとは違う意識で行動する手段を持つことが現代人には必要になるのでしょう。

東京03角田さんを描いてみた!

 東京03角田さん

角田さんを描いた回数もかなりの数になっている気がします。

今回描くにあたり参考にした画像が、いつもよりも高精細なものだったので、それだけ描く時にも色味の変化を細かく観察できました。

なので、仕上がったイラストも、それだけいつもは違う感じになった気がします。

今回は、ダウンジャケットの光沢感やフワッと柔らかい感じを描いてみたかったのですが、とても楽しく描くことはできました。

XG のCHISAさんを描いてみた!

 苦手な女性を描きてみる!

こみちにとって、女性を描く時に特に気になるのは色味の細やかな変化です。

同じ色に見えて微妙に変化しているので、その辺は男性を描くよりも簡単ではありません。

今回は第二弾で、XGのCHISAさんを描いてみました。

とても肌がキレイで、上からの照明でさらに透明感が増し、そんな質感をどう描けば上手く再現できるのかと、とても苦労しました。

その意味では、まだこみち自身のアレンジを増やすよりも、見たままをどう描けるのかという視点で描いたものです。

完全度としては、もう少し努力が必要ですが、描きている中での手ごたえや楽しさは見つかったように思います。

「上手なマンガ」と「上手なイラスト」は違う!?

 石膏デッサン

たまたま見つけたyoutube チャンネルで、石膏デッサンをひたすら描き続けるという内容でした。

その時に思ったのは、「目の前置いて描いているの?」という部分。

癖でデッサンに特徴が出ているなら「そうなんだ」という話ですが、明らかに線が一定の効果で狂って見えたからです。

つまり、カメラで撮影し、それを元に描いているのではないかと…。

別にデッサンの試験でもない限り、直に見て描く必要性はないと思うのですが、そこで見たデッサンが広角レンズ特有の歪みに似ていたので気になってしまいました。

「上手いマンガ」

最近、youtubeであたしンちをよく見るのですが、「絵」としてはとてもシンプルで、でもキャラクターの表情や仕草がとても伝わって来ます。

ある意味で「上手いマンガ」だと思うのですが、「上手いイラスト」とはまた違います。

デッサンは、目の前の物を描くという前提があって、そこから始まります。

しかし、「コレを描こう!」というモチベーションは、描く技術以前の話で、生き方や興味の持ち方、趣味嗜好があらわれます。

好きな芸能人の似顔絵を描きたいと思うこともあれば、何の変哲もない景色なのにどうしても描きたいと思える瞬間があったりします。

言い換えると、描くに至った動機こそが大切で、それが省かれてしまうと、描いた根拠が全く見えません。

富士山の絵を見せられて、「嗚呼、富士山だ」とは思っても、特にそれ以上に想像を膨らませることはないでしょう。

つまり、なぜ描くに至ったのかというアプローチが必要で、逆に言えば、たとえ絵は下手だったとしても、ドラマチックなストーリーがあれば感動できるように思うのです。

だからこその「この絵」という説得力です。

上手いイラストを描くことは技術的な話で、上手くマンガを描くことはストーリーの作り方が上手いというでしょう。

なぜなら、デッサンが無駄に狂ったイラストは見る価値が感じられませんが、たとえ絵が下手だとしてもストーリーが面白ければマンガとしてはとても価値があると思うからです。

そして、マンガに含まれるイラストは、描き慣れれば確実に上手くなるもので、でもマンガで欠かせない「ストーリー性」は慣れるだけでは上手くなりません。


今回完成した『XG』のワンシーン

 XGのJURIAさんを描いてみました!

女性を描くのは難しく、それは同じような色味でも様々な色が使われていて、それだけに繊細な描写が求められるからです。

今回選んだアングルは、とてもオーソドックスですが、それだけに画力が伴っていないと描けない気がしていました。

実際に描いてみて、画面に対してどう描いていいのか分からなくなるインプット側の情報量不足は感じませんでしたが、アウトプット側のその情報量を反映させる難しさに戸惑いました。

まだまだ完成度としては十分ではありませんが、一定の手ごたえを感じることができました。

特に左頬の立体感を今回の個人的な目標にしていたのですが、左に流れる前髪との空間やフェイスラインへと回り込む曲面なども意識して取り組めたと思うからです。

もう少し精密に描けれるとよかったのですが、制作時間と作業の遅さもあって、この辺りは仕方ないとも思います。

先ずは、苦手な女性をここまで描けることができたとして、また挑戦したいです。

さらに追加で描き込みしたけれど

 苦手な女性を描いてみたくて

今回は、XGのMVからワンシーンを選んで、描いてみることにしました。

今は前回よりも少し当たりをつけて描いているところ。

前回が下側のものなので、まだまだ手直し中です。

似顔絵としても、雰囲気を反映させている段階ではなく、位置関係の確認段階です。

完成まではまだ時間が必要ですが、今回この構図を選んだ理由があって、その幾つかの課題を克服できるように頑張ってみたいと思います。

XGのMVからワンシーンを描いてみる

 描きたいアングルだけど

描きたいアングルではあるけれど、「絵」として成立させるのは簡単ではありません。

まだ下書きから着色を始めた段階で、これから修正も加えていくところです。

ここからどれだけ寄せられるのかが分からないので、描いていて不安と期待があります。

苦手な女性ですが、色味の僅かな変化を追っていけたらと思います。

東京03『先輩の助言』より

 人物画をどう描くのか?

腰を屈めたポーズを描いてみたのですが、顔を描写するのと同様に、ポーズもその人らしさが現れる部分だと思います。

実は、今回のイラストで、左側に立つ飯塚さんを描くことに苦労しました。

言ってしまえば、真っ直ぐに立っているだけなのですが、細かく観察すると微妙な違いがたくさん見つかって、それを修正するにはとても繊細な描写が必要だと知りました。

もちろん、立つポーズとして不自然でなければいいということもできますが、肩の引き方や背筋の伸ばし方がその人らしさに繋がります。

最初は右側の角田さんをどう描こうかというところから始まったのですが、気になってしまってなかなか納得できるような仕上がりになりませんでした。

しかも、横を向いた飯塚さんの顔立ちにも苦戦し、改めて人物画を描く難しさを実感しました。

クネクネする動きの角田さんと、そんな姿を少し冷やかに眺める飯塚さんとのシーンですが、その雰囲気が感じ取れていたら嬉しいです。

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